メルボルンの大学付属校で日本語教師になる!
メルボルンの街に欠かせないのが、このトラム。 |
石原さん:日本語を英語圏で教える間接法を、当時代々木にあったパナリンガ学院という日本語教師養成講座で学び、オーストラリアで日本語教師になる夢を持って渡豪しました。
やっとのことで永住権を取り、一人で学校(塾のようなもの)を立ち上げ、日本語を教え始めました。80年代後半のことです。日本はバブルの真っ最中で、外国人にとってもビジネスチャンスのある魅力的な国に映っていましたので、意外と日本語を勉強したいというオージー(オーストラリア人のこと)は多かったです。
そんなとき、メルボルンの大学付属校で日本語コースの教師を募集しており、幸いにもそこで4年ほどキャリアを積むことができました。学生は意欲のある人が多く、教えるのがホント楽しかったです。
日豪の文化の違い、その特徴は?
ガイド:普段の生活でも文化の違いによるギャップはあったと思うのですが、学生達とのコミュニケーションギャップは感じませんでしたか?石原さん:一番困ったのは、目と目をしっかり見ながらのコミュニケーションで、最初はなかなか慣れませんでした。なんか恥ずかしい感じがしますよね?
特に、こちらの語学学習はコミュニカティブな面を重視したものが主流で、留学生の場合しっかりと相手の目を見ながら自分の考えを述べる訓練をさせられます。練習も、ペアワークなどが多く、小さい声でボゾボソと言ったり尻込みしているようでは上達は望めません。
ガイド:ギャップを埋めるために意識したことは何ですか?
石原さん:私たちの世代は、特に男性は感情表現を抑えるように育てられたものですから、喜怒哀楽をストレートに表現することの必要性は意識しましたね。言葉や態度で実際に表現しなければ、分かり合えるということはないんですよ。
授業中、「日本人が親子でハグをしないのは愛情表現が足りないのでは?」などと質問されたことがあり、戸惑いと同時に、スキンシップの強い国民性を実感したこともありましたね。
それから、変に遠慮したりすることも美徳ではなく、はっきりと言いたいことは言わないといけないことも学びました。
トールポピー症候群とは?
一方、この国には「トールポピー症候群」という言葉があって、あまり目立ちすぎる人は逆に歓迎されないところがあります。「背の高いけしの花は切られてしまう」といった意味で日本語の「出る杭は打たれる」に似ていて面白いです。こんなふうに概念を共有しているところにも、日本人が馴染みやすい土壌があるのだと思います。あくまで、自己主張と出しゃばりは違います!>>現地のコミュニティに溶け込む方法とは?>>