「元」和室、現在は工房。畳の上にはウッドカーペットを敷いた。ほんの少しの作業でも、部屋中真っ白になる。 |
「基本的に木を切ったり削ったりという作業が多くなるので、木くずやホコリがとても多いんです。」
リビングから最初に移ったのは、2階北側の洋室だった。一番広い部屋だったが、そこには家族のクローゼットがある。
「クローゼットの扉の隙間から、細かなホコリがどんどん入ってしまって、洋服が真っ白になってしまって、また引っ越すことに。」
洋室の問題点はもう一つ、住宅地にある箕田さんの家と、隣家がもっとも接しているのがこの部屋だったのだ。優美な完成形の楽器を見、その音色を聴いているだけでは想像もつかないことだが、楽器制作には凄まじい轟音がつきまとう。
「とくに大きいのが、カンナの音ですね。聴いてみますか?」と電化カンナのスイッチを入れる。途端に地響きのようなゴゴゴゴゴ…という爆発音に似た騒音が部屋中を満たす。そこに木っ端を差し込むと、その爆音は3倍近くにも膨れあがる。音のみならず強い振動もが身体を揺らす。
結局、箕田さんの工房は南向きの和室に収まることになった。畳の上にウッドカーペットを敷き詰め、押し入れの襖を取り払い、上段下段に作業用機械やさまざまな工具を収納している。
大きな工具。「バンドソー」と「ボール盤」。 |
「でも、この部屋の隣り、押し入れの向こうが家族の寝室なんですよ。夜に作業することもあるので、隣の部屋にも当然響くんです。でも、子どもたち、なかなか起きませんねえ…。不思議と。」
かつて真っ白になった洋室は、いま二人の子どもたちの子ども部屋として安穏とした時間を送っている。
しかし、こんなに凄い音を立てて、ご近所からクレームが来たりはしませんかと尋ねた。
「それが、来ないんですね。まぁ、何やってるんだろう?とは思われているかも知れませんけど。」確かに通常の家庭生活では出し得ない種類の轟音だ。
箕田さんの住まい一帯は、同一の建売業者が分譲した戸建ての住宅地になっている。通りの激しい県道からは少し奥まった位置にあり、住人以外の車の出入りもないため、そこここの路地は子どもの格好の遊び場となる。
「ご近所づきあい大好き!」と語る奥様の内助の功もあるのだろう。玄関を一歩出てすぐに目に入った子ども、大人問わず瞬時に挨拶の声が挙がる。前日のお礼、近況報告、学校の申し送り、それがひどく自然だ。
「本当は、住まいとは別に工房を構えた方がいいとは思うんですよ。特に塗装の段階で、溶剤を使う、その臭いが強烈ですし。」と箕田さん。でも、今の和室工房には箕田さん、奥さんのほか、小さな子ども用のスリッパがふたつ用意されている。危険物も多いため、子どもたちは気楽に工房に出入りできるわけではないが、楽器を造るお父さんをとても好きな様子がうかがえる。どんなに凄い音を出しても、どんなにほこりっぽくなっても。