セレスティンホテルの土曜日
僕と彼女は、レインボーブリッジの薄い明かりを見ながら、ふたたび何時間も会話をした。何時間も、何時間も。彼女といると、いつだって話ばかりしている。世の中にこれほど話すべきことがあったのかと、僕自身さえ驚いてしまうほど。彼女は、「三日月の欠け方で、その月がこのあと、大きく丸くなるのか、もっと小さく欠けていくのかが分かる、って知ってた?」とか、「水銀の体温計って、ぐるぐるーっとまわして下げるんだよ」とか。どうでもいいことばかりを僕に教えてくれる。お礼に僕は、世の中における立ち回りの重要性、なんかを彼女に教えた。
来週、僕はイギリスへの転勤が決まっている。
音を吸い込み続ける絨毯
そんな会話を重ねるうちに、気がつけばウトウトとしていた。外は、朝の日差しが今まさに昇ろうとしている。1分でも眠ってしまうのはもったいないと思っていたはずなのに。シモンズのベッドにふわりやわらかいマクラ、すべての音を吸い尽くすような柔らかな絨毯と重厚なトビラ。そういうものに囲まれているうちに、すっかりリラックスしてしまっていたらしい。隣のベッドを見ると、彼女もすっかり眠っている。僕は、足音を立てないようにそっと自分のベッドを抜け出した。「カタリ」
僕のベルトの金属がベッド脇のライトに当たった音で彼女が目を明け、そして瞬時に時計を見る。「もう、帰らなくちゃ」。僕は、精一杯に頭を働かせ、ようやく一言発する「えーっと。コーヒーをいれるので、帰る前に、それだけ飲んでいかない?」。
静かな都会
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そのコーヒーが、どういうわけか不思議なほどおいしく感じた、とてもおいしく。その瞬間、この先、ふたたびこうして彼女と朝のコーヒーを飲むことができたら、どんなに素敵だろう、と思った。そんな僕の思いを知ってか知らずか、彼女がふいに話し出す、「ねーねー。土曜日の朝は、こんな都会の真ん中も、人がぜーんぜんいないのねー?なんだか、いいねー静かな都会って」
僕は答える「そしたら、たとえばだけれど、いつか僕が日本に帰ってきたら、一緒にこんな場所に暮らしてみたりしてみない?」
少しの間のあと、彼女はにっこり笑って答えた「そうだね。それも、いいかもしれないね」
なにかが、動き始めた。とりあえず、来週、イギリスへ旅立つ前に、彼女にクリスマスプレゼントを贈ることから始めてみよう。僕と彼女がいつも同じ朝を迎えられるように。たとえば、同じ柄のコーヒーカップなんかがいいのかもしれない。
※この物語は、フィクションです。
※監修:「シティホテル・ビジネスホテル」ガイド 文:All About
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