アン先生こと、藤原小百合さん
ハワイアン・キルトの魅力を伝えるアン先生こと、藤原小百合さん
今回は、ハワイ在住17年。日本でも愛好者が激増しているハワイの伝統文化「ハワイアン・キルト」の本格的な伝承者として活躍中のアン藤原(本名:藤原小百合)さんに、お話しをうかがいました。若くして海外に飛び出し、常に新しいことへ挑戦し続ける、まさに今の時代の女性でありながら、伝統文化への強いこだわりを持つ方です。2004年に待望の書籍を出版したことで、今年は活躍の場がぐんと広がった彼女に、ハワイアン・キルトとの出会いから、今後の夢までを語っていただきました。

アメリカ留学生活と、パッチワーク・キルトとの出会い

藤原さんとキルトの出会いは、交換留学生として高校時代に米本土に渡った時。アメリカ到着翌日から通わされた現地の高校では、まだ不慣れだった英語をそれほど必要としない家庭科のクラスが楽しみだったとか。そこで習ったパッチワーク・キルトに魅せられたことが、今の彼女のルーツとなっています。

メリーランド州立大学卒業後、縁あって17年前からハワイに住むようになってからは、さらに彼女を新たな世界へと導く、衝撃的な出会いが待っていたそうです。

「約10年前に、マウイ島のホテル・ハナ・マウイを訪れた時のことです。そこの大きなベッドカバーが、とても見事なハワイアン・キルトでできているんですね。色や雰囲気や感触や…。すべてがハワイの魅力を象徴しているようで、それを見た瞬間、私はハワイアン・キルトに一目惚れしてしまいました。それ以来、本業の仕事を持ちながらも、ハワイアン・キルトひと筋の生活に突入した、というわけです。」

思いがけない転機となったNY同時多発テロ事件

ハワイの自然をモチーフにした生活から生まれた文化
ハワイの自然をモチーフにした生活から生まれた文化
米航空会社のフライトアテンダントをしていた2001年秋には、勤務ベースでもあったニューヨークで同時多発テロが発生しました。「慰霊の気持ちを込めて、ハワイアン・キルトで何かできないか」と考えた藤原さんが思いついたのは、病気の人の気持ちを癒す、祈りを込めた日本伝統の千羽鶴。

これをモチーフとしたハワイアン・キルトのデザインを考案し、ウエブサイトを通して1人1ピースの小さなキルトの千羽鶴を送ってくださいと呼びかけたところ、大反響となったのです。

2002年には、フジテレビのイベント「お台場ドットコム」にて制作途中のキルトが紹介され、2003年には日本のハワイアン・キルト愛好家からハワイのキルトマスターたちまでがインターナショナルに参加した、巨大な千羽鶴のハワイアン・キルト「フレンドシップキルト」が完成しました。

「フレンドシップキルトは、ニューヨークに9/11メモリアル館が完成したときに、慰霊の心を込めて捧げたいと思っています。」

ハワイの地元紙でも大きく取り上げられたこの取り組みは、彼女とハワイアン・キルトとの距離が大きく変わる、ひとつの転機になったそうです。

「このプロジェクトは私のハワイアン・キルト・ライフのコンセプトを決定づけたものと言ってもいいと思います。ハワイアン・キルトとは元来、母から娘へ、娘から孫娘へと、愛情をキルトに創り上げたもの。だからこそハワイアン・キルトの真髄は、愛を縫いこむことだと思っているのです。」

丹念にひと針ずつ縫い上げるキルトの大きな魅力をあらためて感じたこと、そしてプロジェクトを通じて、たくさんの人々と共同作業を経験したことで、「伝承者」としての自分の役割を認識した藤原さん。さらに一層、この世界にのめりこんでいくことになったのです。

次は「若き伝承者としてハワイのマスターに学ぶ」です。