
同世代のワイルドなベテラン運転手・サトウさんとペアを組み、いよいよ清掃車に乗り込んで市街地のゴミ収集へと出発した63歳のフリーライター。
初日は臭いの少ない「紙の日」と聞いて安堵したものの、繁華街の過酷な作業中、彼は一歩間違えれば大事故につながりかねない「恐怖の大失態」を犯し、先輩から激しく怒鳴られる洗礼を浴びます。
しかし、そんな心身ともにすり減るシニアバイトの初日に、本当の“衝撃”が待っていたのは午後の現場でした――。
知られざるゴミ収集の舞台裏と、ゴミ置き場で目撃した現代の不思議とは? 定年後の職探しのリアルを描くノンフィクション『60歳からのハローワーク』(飛鳥新社)より、「ゴミ収集業編」を一部抜粋・編集してお届けします。【全3編の中編】
目次
63歳ライター、ゴミ収集バイトの初陣
さあ、出発だ! 自分が割り当てられた清掃車へ向かう。75号車だった。ボディにでっかく「75」と書かれていた。
「おはようございます!」ペアを組んでくれるドライバーのサトウさん(仮名・以下同)に、努めて大きな声で挨拶する。
サトウさんはたぶん同世代だろう。俳優の原田芳雄に少し似ている。彫りの深いワイルド系の顔だ。年上か年下かわからない。ただし、この場では間違いなく先輩だ。ペアを組む人の指示には全部素直にしたがうと決めてやって来た。
「日雇いで来ました。今日1日、よろしくお願いします!」ビシッと挨拶した。10代のころ運動部にいたので、先輩に対して礼儀正しく接することは身体に沁(し)みついている。
「今日1日、よろしく」サトウさんは笑顔を返してくれた。
清掃車は会社の敷地を出ると、市街地に向かって走っていく。午前はターミナル駅周辺のゴミを集めるらしい。
「ネズミもウジも出る」ゴミ収集の現実
「今日は紙の日です」サトウさんがハンドルを握りながら言った。
「担当地区をまわって、住人が外に出した雑誌やチラシ類を集めていきます。ただし、紙とはいえ、新聞と牛乳パックは取ったらダメ。別の日に別の会社がやるので。それから、さっき朝礼で聞いたと思うけれど、清掃車は左側の後ろが見えづらいから、左折のときは必ず前後の歩行者を確認してこっちに教えてください。OKと言われてから左折します」
「はい!」
「この仕事は初めてですか?」
「はい」
「初めての日が紙でよかったですね。紙は重いけれど、生ゴミのような強いにおいはありませんから」
「生ゴミは厳しいですか?」
「厳しい。臭(くさ)い。ネズミとか害虫とか出てくるしね。先週もでかいネズミが出てきました。あまりにも大きいから、ネコかと思いましたよ。いまは6月だからまだマシだけど、7月に入ると、ウジもわいてきます」
そんな会話を交わしながら市街地へ向かった。
ドライバーは乗り降り、ヨコ乗り作業員はひたすら走る
「さあ、やりますよ!」路肩に清掃車を停めたサトウさんに言われ、清掃車を降りる。
駅周辺は集合住宅が多い。ゴミ置き場に入り、積まれている紙類を抱えて清掃車の箱型のコンテナに次々と放り込んでいく。スイッチを押すとコンテナ後部の回転扉が作動して、ゴミが内部に押し込まれる。
サトウさんは道路の右側、僕は左側のゴミを受け持った。全国的にゴミの未分別が問題視されているが、この地域の住民はきちんと分けている。
清掃車の前後20メートル分くらいのゴミを収集すると、クルマを少し前に進めて、次の20メートルのゴミを収集する。ドライバーはその都度(つど)清掃車に乗り降りする。ヨコ乗り作業員は徒歩や小走りで移動する。
サトウさんは狭い路地もするすると清掃車で入っていく。前進も後退も自在だ。
「バカ! 手を入れるな!」他社の清掃車を巻き込んだ、恐怖の誤投入
そんな作業中、僕は午前の駅まわりの収集で大きなミスを犯した。
ゴミの多く出る繁華街は同業他社の清掃車が多い。路肩に何台も縦列駐車する。収集したゴミを間違えてほかの会社の清掃車の圧接機に放り入れてしまった。
「バカ! バカ! 何やってんだ!」サトウさんに怒鳴られて、あわててゴミを引き上げた。
しかし、この行為はとても危険だ。ゴミを清掃車の中へ引き込む回転扉に手が巻き込まれて大けがを負う事故が多い。
「バカ! バカ! バカ! 手を入れるな!」サトウさんがさらに怒鳴りながら走ってきて、その清掃車の作業員に2人で頭を下げた。
実際2025年11月、神奈川県横浜市の商業施設でゴミ収集作業をしていた60代の男性が、圧接機に挟まって命を落としている。
ゴミ収集作業を3時間ほど行い2トン車のコンテナが満杯になると、“捨て場”と呼ぶ公共のゴミ処理施設に処分しに行く。
コンテナ内がいっぱいになったかどうかはドライバーさんの勘任せ。サトウさんが車体をグーで叩く。音の響きでコンテナの中のつまり具合がわかるそうだ。ベテランには運転技術だけでなく、勘のよさも求められる。
捨て場ではゴミの重量を測り、コンテナを空にして、午後の担当地区へ向かった。
高級住宅街のゴミ置き場で遭遇した、現代の不思議
午後はターミナル駅から少し離れた“やや高級住宅街”だ。戸建てが多い。1世帯ずつゴミを収集していくので、ビルや集合住宅の多い駅周辺よりも手間がかかる。頻繁に清掃車を乗り降りしなくてはならない。
ゴミを出している家も出していない家もある。不思議なもので、ゴミが置かれていないと寂しい気持ちになる。せっかくまわっているので、収集したい。
この地域の傾向なのだろうか、この日に限ったことなのだろうか、エロ本が多く捨てられていた。たいがいは紙袋に入れられて封がされている。ところが、この日はときどき雨が落ちてきた。濡(ぬ)れた袋が破けてばらける。
すると中は大量のエロ本、というケースが多かった。どこで買うのか。緊縛系をはじめえげつない雑誌が目立つ。ネットが普及し、女性の動く裸をいくらでも見られる現代、あえてエロ本を買うマインドとはどんななのだろう。捨てた人に聞いてみたい。
【前編】時給1200円・日雇いゴミ収集。頻尿と体力低下に悩む63歳ライターが、初出勤で絶句した「現場の洗礼」
【後編】時給1200円のゴミ収集バイト。63歳ライターが真夏の現場で知った、シニアに大人気な“意外な天国”
この書籍の執筆者:神舘和典 プロフィール
1962(昭和37)年東京都生まれ。雑誌および書籍編集者を経てライター。政治・経済からスポーツ、文学まで幅広いジャンルを取材し、経営者やアーティストを中心に数多くのインタビューを手がける。中でも音楽に強く、著書に『新書で入門 ジャズの鉄板50枚+α』(新潮社)など。






