なぜ、多くの若者がこの問題で悩むのか。本稿では、その背景と現実、そして各自が納得できるキャリア選択について考察する。
昭和の成功モデルからの変遷
かつて、日本社会の「成功モデル」は、高学歴を背景に大企業へ入り、年功序列のもとで安定した生活を得ることだった。人事評価で競い、会社の指示に従い、上司との関係を重視する。昭和の時代には、これが堅実で確実な人生戦略とされていた。しかし時代が変化し、こうした「安定志向」はもはや万能ではなくなった。たとえ大企業に入って安定した待遇を手にしても、将来の見通しは不透明。短期間で大企業を辞める若者も増えており、変化の激しい今、従来のモデルが通用しにくくなっているのだ。
リスクを取る時代の到来と、その意味
現代は、以前に比べて「リスクを取ること」が容易になっている。インターネットやSNS、アプリ開発、オンライン会議といったツールの普及により、小資本かつ個人ベースでの起業や副業が現実的になった。多くの会社でも副業が認められるようになり、環境整備が進んでいる。一方で、「安定」をむやみに追い求めることこそ大きなリスクにもなりかねない。今や、「適度なリスクを取り、その対価を得ていく」生き方へのシフトが求められていると筆者は考える。ただし、この「リスクの取り方」には個人による適性差も無視できず、それぞれの価値観と能力、志向に応じた選択が重要だ。
大企業からの転職理由と失望
坂田さん(仮名)は、新卒で大企業に入社し、希望していた営業部に配属された。いち早く仕事を覚えて組織に貢献したいと思っていた坂田さんは、毎日夜遅くまで働いた。その結果、仕事熱心と社内では好評。少しずつ仕事の成果も出るようになってきた。ただし、人による業務負担の格差や、努力と待遇が釣り合わない現実に直面した。できる人ほど多忙であり、そうでない人は毎日暇にしていて定時退社していた。しかし待遇にはさほど差がなく、年功序列の評価制度の中、自分が「使い捨てられている」と感じる経験もあったという。
毎日が多忙過ぎて自分のための時間は作れず、副業や自己投資となるような勉強に時間をかける余裕はなかった。ただそれでも腐らず、懸命に営業職としてのキャリアを積んでいこうと、自身を奮い立たせながら、一生懸命に働いた。
しかしある日突然、経理部への異動を命じられた。「今までの頑張りは何だったのだろう」と、ひどく落胆した。
上司からは「経理を学ぶことは将来役に立つこともあるよ」と言われたが、納得がいかなかった。これまで営業職を極めるために、必死に働いてきたからだ。その後、坂田さんは「自身のスキルを生かせる環境」を求めてすぐに転職活動を始め、ベンチャー企業への転職を決意した。
ベンチャー企業での現実と挫折
アプリ開発を手掛ける成長中のベンチャーで、営業担当として新しいスタートを切った坂田さん。入社する際に「不本意な異動はさせない」と言われ、やっと自身のキャリアを積める、この会社となら共に成長していけると確信したという。しかし、これまで大企業で働いていた時には経験したことのない出来事に直面した。経営の重要事項はすべて創業メンバーが決定し、会議による合意が覆されることも度々あった。受け身の社風と、意思決定に参加しにくい体制。坂田さんが直面したベンチャーの現実だった。
自発的に行動しようとしても、コアメンバー以外が主導権を持つのは難しく、自身の働き方にも次第に違和感を覚えるようになった。「創業メンバーの輪から漏れている自分には、いつになってもこの壁を乗り越えることは難しい」と考え、結果として、「自分には合わない」と判断し1年で退職。大企業へ再転職することにした。
新しい選択基準に気付いた
大企業へ戻る決断をした坂田さん。ただし、今回は最初の職場選びとは異なり、「営業という軸でキャリアを積めること」「ジョブ型雇用制度」「在宅勤務や副業に寛容な社風」といった条件で転職先を選んだ。大企業とベンチャー企業のどちらも経験したことで、柔軟性や明確な評価基準があり、成熟した人材に恵まれた環境下でこそ、自分は安心して力を発揮できると気付いたからだ。再転職を通じて、坂田さんは主体的なキャリア形成の重要性に目覚めた。
自分の適性を知り、主体的にキャリアを選ぶ
このように、安定志向かリスク志向かの二元論ではなく、「どのような環境で最も力を発揮できるか」という個人の適性や、譲れない価値観・キャリアの軸が大切だ。昭和の成功モデルの終焉や現代的な働き方の多様化をふまえ、企業規模や安定性だけでなく、「自分らしい働き方」を追求する時代になっているといえるだろう。坂田さんの事例は、安定やリスクだけに目を向けるのではなく、「自分の適性」と「何を大切にしたいか」を軸に、主体的にキャリアを選ぶ重要性を教えてくれる。リスクを取ることにも、安定を選ぶことにも、それぞれに価値と課題がある。現代の環境を生かし、自分自身に合った選択を見極めていく。それこそが、今の時代における最良のキャリア戦略ではないだろうか。