就職氷河期世代に注目が集まるワケ
近年、就職氷河期世代(バブル崩壊後の1993年~2004年頃に就職活動をした人たち)に注目が集まっている。なぜなら就職氷河期世代が企業の中核である40代、50代を占めるようになってきたからだ。就職氷河期世代の特徴は、新卒で希望する業界や会社に就職できなかった人が他の世代より多いこと、そして長引く日本経済の低迷の中で昇給や昇進の機会が限られていたことである。日本経済が停滞した時期を指して「失われた30年」という表現があるが、就職氷河期世代は、まさにこの「失われた30年」と自らのキャリアがかぶる世代である。
我慢するしかなかった時代→今
振り返れば就職氷河期世代が若手社員だった頃には、職場にはハラスメントという概念が薄かった。もちろん、ハラスメントは諸悪の根源だが、当時、上司による厳しい指導は部下の仕事上の成長に結びつくと考えられ、黙認されることも少なくなかった。ハラスメントと厳しい指導との境界線はあいまいで、就職氷河期世代の中には厳しい上司の指導で苦しんだ人も少なくないだろう。実際、多くの人が“我慢するしかなかった”時代であった。一方、現代の職場では、上司と部下の関係が大きく変化した。上司はハラスメントを恐れ、部下との距離を縮めることに苦労している。部下には対面でのコミュニケーションを苦手とする人が増えている。ゆえに上司と部下との距離は、以前よりも離れてしまっているのではないか。
その状況に拍車をかけるように、ワークライフバランスの大切さが社会に浸透し、残業時間も減っている。上司も部下も、仕事が終わればすぐに帰宅する人が増えているに違いない。
さらに物価上昇や増税、社会保険料の負担増大、上がらない給料などの問題もあって、若手世代を中心に節約志向が強まっている。仕事帰りに、「ちょっと一杯行くか?」と上司が部下を気軽に誘う光景は減っているのではないだろうか。職場を取り巻く環境は、一昔前とは全く異なっているのだ。
コスパやタイパを重視する風潮も強まる現代だが、たとえ上司と部下の関係が変わったとしても、仕事をするうえで忘れてはならないことがある。それは、上司と部下が今、共に支え合い、「仕事上の共通の目標を達成できているかどうか」という点である。一昔前の上司と部下は終業後に一緒に一杯飲みに行くなどして、今よりももっと頻繁にコミュニケーションを取り、仕事のノウハウの伝達も盛んに行われていた。それが失われつつある今、果たして損をしているのは上司であるのか、それとも部下なのだろうか。
教えたくても教えにくい環境
就職氷河期世代が若手だった頃、周りには厳しい指導をする上司がたくさんいたが、同時に面倒見のいい上司もたくさんいた。今ではそうした上司の数はすっかり減ってしまった。いつの時代も若手世代の問題は、本人がまだ圧倒的に経験不足であることだ。ゆえに若手は、仕事があまりできない状態が長く続く。その状態を少しでも早く解消したいのであれば、より高度な仕事の進め方について、部下は上司から直接教わる必要がある。しかし、現代の職場ではその機会がめっきり減っていることは、当の上司たちが一番よく分かっているはずだ。
その点、就職氷河期世代は上司から厳しく指導されることが頻繁にあったわけだが、それはつらいこともあった反面、上司がフォロー(時に励まし、慰めるなど)してくれて救われることも多かった。終業後、個別指導を受ける機会が特にたくさんあったのだ。そうした特別指導を受けて、急成長できた人も決して少なくなかっただろう。
就職氷河期世代にとって、対人関係の基本は「直接対話すること」だという意識が体に染みついているだろう。上司と部下が共に長い時間を過ごすことも珍しくなかった時代を生きてきた結果、上司と部下は互いの性格や特徴をよく知るようになった。仕事を通して師弟関係を結び、互いに頼りになる存在と認め合うことを経験してきた世代である。
しかし、世の中は変わった。特に職場では、異なる世代間でコミュニケーションを取る機会が減ってきている。上司としては面倒見よく部下を指導したくても、それができない状況も増えている。しかも対人関係ではハラスメントに注意するようになったことで、就職氷河期世代の上司たちは部下との距離を意識的に取らざるを得なくなっている。
そして、ITツールの高度化、特にコミュニケーションツールの目まぐるしい進化が与える影響は大きい。仕事場での会話はチャットツールで、ミーティングはオンラインで行うので対面する機会は減り、困ったことがあれば、AIに尋ねればそれなりの答えが得られる。
今、上司と部下に求められること
そもそもインターネットが普及してからこれまでずっと、仕事でも私生活でも私たちは常にネット検索で問題を解決してきたのかもしれない。近年はAI活用も日常化しているが、“共有知”はすでに誰もが簡単にアクセスできる状況にある。しかし、深い考察、希少な情報、そしてまだ知られていない知恵などに触れるにはどうしたらいいのだろう。ネット検索もAI活用も、結局は誰もが知っている情報であり、それには優位性がなく、差別化が図れないという問題が残る。
もしもイノベーションを起こしたり、重要な判断をしたりする際は、物事を多面的、立体的にとらえる必要があって、その際に“経験値”がものを言うことが多い。私たちの仕事には「やってみなければ分からないこと」が多く、「走りながら考えること」で突破できることも少なくない。つまり、戦略的思考やプロデュース力が求められているのだ。それは、日々の仕事を繰り返し深掘りしていく中で、初めて気付くことができる境地である。そこには経験豊富な上司が部下に伴走する必要があるのではないか。
最近の職場に広がる希薄な上司と部下の人間関係では、上司にとっても部下にとってもいいことはない。コミュニケーションツールが発展するほど、かえって基本的なコミュニケーション力が落ちてしまっては本末転倒である。
経験豊富な上司は経験の足りない部下ともっと時間を共に過ごし、ノウハウを伝承する必要がある。経験の浅い部下はネットやAIの情報を過信せず、長い時間をかけてこそ得られる経験の価値に気付き、もっと上司と共に時間を過ごすための努力をする必要があるのではないだろうか。もちろん、残業を増やしたり、終業後に飲みに行ったりすることだけが、その方法ではない。互いにもっと知恵を出し合いたいものである。