
「好きな人と一緒なら、何を食べてもおいしい!」(画像出典:Shutterstock)
近年、SNSを中心に定期的に盛り上がりを見せる「デートでサイゼ」論争。特定のお店に限らず、デートで「日常的なお店」に行くことの是非は、いつまでも決着のつかないテーマのようです。高級店や特別感のあるお店に行くべきだとの声もある一方、「好きな人と食べれば、何でもおいしい」という意見も、必ず出てきます。
実は脳科学的に見ても、「好きな人と食べると、おいしい」というのは本当です。「おいしい」という感覚は、単に舌で感じる「味」だけでは決まりません。多くの人が「おいしさ=味」と考えがちですが、実はおいしさとは、脳がさまざまな情報を統合して判断した結果の、より複雑な感覚なのです。分かりやすく解説してみましょう。
そもそも味とは? 化学物質による電気信号を、脳はどう解釈するのか
そもそも「味」とは、飲食物を口に入れたときの感覚の総称です。人間の味覚は、甘味・塩味・酸味・苦味・うま味の5つに分類できると考えられています。これらの味覚を生み出すものは、それぞれの食品が持つ化学物質です。化学物質が、舌にある味細胞の受容体に結合して反応が起こると、それが神経線維上の電気信号に置き換えられ、脳へと伝わり認識されます。
そして脳が最終的に「おいしさ」を判断するときには、「味」そのものだけでなく、味覚以外の要素も大きく関わってくるのです。
独特な香りと味のパクチー。カメムシとの関係から考える「おいしさ」の正体
多くの人の好き嫌いが分かれる「パクチー」を例に考えてみましょう。私は、パクチーが大好きで、タイ料理を食べに行ったときは、必ず「パクチー増し」にするほどです。あの独特な香りと味を「たまらなくおいしい」と感じるのですが、苦手な人も多いかもしれません。人によって好き嫌いが分かれる香りと味ですが、元になっているのは「ヘキセナール」というアルデヒド系化合物です。実は、この化合物は、カメムシも持っていることが知られています。カメムシが発するにおいを冷静に嗅いでみると、実はパクチーと同じだと気付くでしょう。
しかし、私はカメムシが大嫌いですし、もちろん食べたいとは思いません。仮に同じ味がすると言われても、おいしいとは思えないでしょう。つまり、おいしさは、化学物質によって舌で感じる「味」だけでは決まらないのです。
苦みの強いビールを、多くの人が好きになる理由
もう1つ例をあげると、ビールは苦みが強く、最初から「おいしい」とは思いにくい味です。しかし私はビールが大好きで、おいしいと感じます。私と同じように多くの人が、はじめは苦くてまずいと感じたビールを、いつの間にか好きになっていたのではないでしょうか?ものの好き嫌いを判定する役割を担っているのは、脳の大脳辺縁系にある「扁桃体」という部分です。扁桃体は、他の脳部位と連携しながら得られるさまざまな情報に基づいて、対象物が有益か不利益かを判別します。
例えば、間脳にある「視床下部」は、体の状態に応じて食欲、睡眠欲、性欲などの生理的な欲求をコントロールする部位です。夏の暑い日に、喉がカラカラに乾いていれば、「水分をとるべき」という情報を扁桃体に伝えます。また、記憶をつかさどる大脳辺縁系の海馬や大脳新皮質の側頭葉には、過去の思い出が保存されています。扁桃体は、そうした過去の体験から得られた情報も参考にしながら、物事を判断しているのです。
ビールをはじめて口にするときは、過去の情報がありません。純粋に味そのものの情報だけで「苦い」「まずい」「嫌い」と判定されます。しかし、猛暑の夏に、キンキンに冷えたビールを気の許せる仲間と飲みかわす体験を繰り返すうちに、「ビールの味」と「快い体験」を関連づけた記憶が増えていきます。扁桃体も、「ビールの独特な苦み=おいしい」と判定するように変化していくのです。
好きな人となら何を食べてもおいしい! 共有する喜びはおいしさも深める
好きな人との食事は、いつも楽しいものです。多くの人が、一緒に食事する行為自体を「喜び」と感じます。お店の雰囲気や値段に「特別感」を求める人もいるかもしれませんが、たとえ平均的で素朴な味であったとしても(あるいは、許せる程度にまずかったとしても……)、そこに体験の「喜び」が加わると、脳は「おいしい!」と感じるようにできています。そして楽しかった思い出が「また同じものを食べたい」という気持ちを引き出すため、その食べ物がどんどん好きになっていくこともあります。
外食で提供される食事は、どれもそのお店のこだわりが詰まった、「味」としてもおいしいものばかりでしょう。そしてさらに踏み込めば、「おいしさ」とは、「味」以外にも多くのプラス要因が重なって形作られていく、ある種の「好み」「価値観」なのだとご理解ください。