自分の視点が定まらない娘
「専門学校に通う20歳の娘がいるんですが、彼女の話を聞いていると、『あなたはいったいどう思ってるの』ということが多くて、ついイラッとすることがあります。情報の元はすべてSNSだし、友達がSNSにジムに行き始めたって写真をあげていると、うちの近くにこんなおしゃれなジムないよねと落ち込んだりもしている。今どきの友達関係は、直接話すよりSNSを通して互いの状況を知るんですかね」わけが分からないと言いたげなサユリさん(49歳)。娘は専門学校で勉強はしているものの、将来はその勉強を生かす道へ進むかどうか決めかねているらしい。
「やりたいことが何なのか分からないのに専門学校へ行ったんですよ。行ったからには卒業しなくてはいけないと思っているようだけど、その道に進む気がないなら早く方向転換したほうがいいかもしれない。友達のSNSにショックを受けたり、自分の人生は幸せではないと不安を覚えるより、もうちょっと自分の目、自分の視点を大事にしたらどうなのといつも言っているんです。彼女にはピンときてないみたいですが……」
情報を受け取るのに必死
あふれる情報は、娘からみれば羨ましいことばかり。かつても雑誌などに手の届かないファッションやジュエリーがあふれていたが、それらを見たくない、必要ないと思えば雑誌を買わなければよかった。だが今は、スマホを見ているといらない情報が流れてくるのだ。つい目を奪われても不思議はない。「友達がキラキラしているように見えるんでしょうね。実際には分からないのに。娘が数え切れない情報の波に飲み込まれているのが私には心配なんです。自分の目で見たことを信じたほうがいいよと言っても、あの年代だとただ受け取るのに必死なのかもしれません」
受ける情報が多すぎて取捨選択ができない。結果、何が正しいのか何が自分に必要なのかの判断もできずにいる。サユリさんにはそう見えるという。
情報をうのみにするなと言いたい
今の時代、スマホがなければみんな生きていけない。情報もお金も遊びも、あらゆることがスマホに詰まっている。先日、テレビの情報番組で、ある大学生が1日10数時間、スマホをいじっていると話していた。「うちの娘も同じですよ。スマホを握りしめて起きてきて、食事をしながらスマホを見て。新聞を読んでいるのと同じ感覚だと本人は言いますが、やはり私は違うと思う」
家族と話すよりスマホと仲よくしている時間のほうが長い。自分が操っていると思っているのだろうが、完全にスマホに支配された生活だとサユリさんは感じている。
「そしてSNSはじめ、ネット情報をうのみにする。どうして疑わないのかと私はよく娘に言うんです。疑って検証して自分で考え、自分で判断を下す。それならネット情報も意味がある。うのみにして拡散することが、あなたにとってどういう意味があるのかと聞きたくなります」
娘は「だってみんな拡散してるから」「みんながいいと思うものなら、いいに決まってるでしょ」と言うそうだ。
娘の将来が不安でたまらない
「私が大学生だったころも、名のある人がこういう考え方をしているのを新聞で読んだと言ったら、とある教授に自分でものを考えないのかと怒られたものですが、今はもっとひどいでしょうね。ネット情報も単なるニュースではなくて、誰かの私見が入った投稿で、それは娘がリアルで知っている人ではないんですよね。なのにどうしてあんなに簡単に信用するのか、この子はすぐ詐欺にひっかかるのではないかと心配してしまいます」夫は「若い時は流されるものだよ」と鷹揚(おうよう)に構えているが、サユリさんは娘の将来が不安でたまらないようだ。
「楽して生きていきたいとか、そこそこ収入のある人と早く結婚したいとか、頑張って共働きを続けてきた私とは正反対の人生を歩みたいらしい。女性も社会で自己実現を図っていくのが当たり前だった私の世代からすると、自分の食い扶持くらい自分で稼げ、夫に頼るな、何かあった時に共倒れになるよと言っているんですが、『お母さんみたいにギスギスした生き方はしたくない』って。がっかりですよね」
社会に出れば考え方が変わるかもしれない。若い時は若さゆえの浅さがあるものだ。だが、サユリさんは手厳しい。
「情報を取りにいっていた私たちと、ただあふれてくる情報を受けるだけの娘では、生き方も違ってくると思いますよ。娘は、自分の道を切り開こうとはしないと思う。いろいろな選択肢を目の前に出されて初めて、じゃあ、これでいいかと選ぶだけ。もっと他に選択肢があるのではないかという欲がない。貪欲に生きてきた者からみると、なんだか覇気がないなあと思ってしまうんですよね。我が娘ながら、見ているとモヤモヤします」
確かに人生は、何でも自ら求めていったほうが面白い。だが、生き方は社会状況にも影響を受けやすい。今の時代は、受け身でいたほうが生きやすい人もいるかもしれない。サユリさんの娘の人生は、まだ始まったばかりだ。