タクシーで思わず抗議した結果
「つい先日、祝日だったのですが夫が急に体調を崩して。かかりつけの病院に連絡、タクシーで連れていくことにしました。アプリでタクシーを呼んだのはいいけど、初老の男性運転手さんのルート選択がひどい。はっと気づいたら、すごく遠回りされていて。これは遠回りですよと言ったら『ナビがそう言ってる』って。最初からルート確認くらいしたらどうですかと言うと、そっちが言えばいいって。でもこちらは病人抱えて心配で、それどころじゃなかった。運転手さんがルート確認してくれるものじゃないんですかと言ったら、それ以降はだんまり」
憤懣(ふんまん)やるかたないという勢いで、トシエさん(45歳)はそう言った。病院の入口も矢印で示してあるのに別の方向へ行こうとしたので「そこに矢印があるでしょ、入口の」と怒鳴ってしまったという。最終的にタクシー料金は、平日の混んでいるときより2割も高くなっていた。
「これはひどいですよ、祝日で道も空いているのにと抗議したら、『祝日ルートで来てやったのに、そんなふうに言われたら運転手なんてやってられない』って。『乗客だってやってられませんよ。こっちは具合が悪い人を連れていくんだから、早く行ってもらいたいのに遠回りして。いつもより相当高いし時間もかかっていますよ』と抗議し、アプリの会社にも報告しておきました」
夫の言葉にモヤモヤ
夫は持病の発作が起こっただけで、大事にはならず、処置をして帰宅できることになったが、トシエさんはタクシー運転手とのやりとりが尾を引いてなんだか気分が晴れなかった。「帰りは行きより3割も安かった。祝日で空いているから、そのくらいの代金で行けるはずだったんですよね。挙句の果てに、帰宅してすっかり落ち着いた夫が『きみの気の強さを見た気がした』って急に言い出したんです」
夫は「怖かったよ。あんなふうに抗議する人だったなんて知らなかった」と褒めているのか怖がっているのか分からない発言を続けていた。
「私は間違ったことは言ってない。あれはどうみても運転手さんのほうがおかしいでしょと言うと、夫は『それにしても、オレにはああいうふうには言えないな』ですって。言うべきときに言うべきことを言わないと、後悔するだけでしょう。タクシー会社にねじこんでもいいような言動だったよと言ったら、夫は黙り込んでいました」
結婚して13年、そういえばこういう形で主張している自分を、夫は見たことがなかったかもしれないとトシエさんは言う。
言うべきことを言っただけなのに……
それ以来、トシエさんは「どうして言うべきことを言っただけなのに、夫は怖いと感じたのか」と考え続けている。「夫にも聞いてみたけど、もういいよ、その話はと避けるだけ。私、あのとき乱暴な言葉遣いはしてないし、むしろ丁寧に話したつもり。語気は強めだったと思うけど、それは相手にこちらが怒っていることを知ってもらいたかったから。一応、冷静だったんですよ」
それでも夫は「怖かった」と言う。抗議するべきときはするのが自然だとトシエさんは思っているが、それがそんなに怖いのだろうか。
「普段は自分の言いたいことを仕事でも私生活でも冷静に、穏やかに伝えるようにしています。ただ、今回は理不尽なことへの抗議ですから、そんなに穏やかにニコニコはしていられない。気が強いとか怖かったとか、夫の言っていることも理不尽ですよね(笑)」
男は強い女を怖がる?
女友だちにその顛末を話したら、「結局、女が正当に抗議をすると男はドン引きするんだよね。ましてやそれが妻だったらと思うと怖いんじゃないの」と言われたそうだ。「妻をはじめ、女性がおとなしいほうが男は自分たちの思ったとおりにものごとを進めやすいからでしょうかね。でも女性がきちんと抗議をし、それを男性が受け止めてくれれば、世の中もっとよくなるような気がするんですけど」
同じ人間として見ていないから「怖い」という発想がでるのではないか。怖いという表現に、トシエさんはとてもひっかかるという。
「たとえば夫が、同じ状況で男友だちと一緒に乗っていたらどうなんでしょうね。抗議するのは当然だよなという気持ちになるのではないかと思うんです。私がしたから『怖い』となるのはおかしいですよね」
こういった“違和感”が、今の時代、女性たちの心の中には積み重なっているのかもしれない。