
バイオテクノロジーによって作られる「生物学的製剤」とは
「薬」と聞くと、多くの方が化学的に合成された化合物をイメージするでしょう。実際に、これまでに多くの化合物が見いだされ、私たちの病気を治してくれる医薬品として役立ってきました。しかし近年は、それとは少し異なるタイプの「生物学的製剤」と総称される薬も増えてきています。生物学的製剤とバイオシミラーについて、分かりやすく解説します。
「生物学的製剤」とは……バイオテクノロジーによって作られた薬
「生物学的製剤」とは、一言でいえばバイオテクノロジーを使って作られた薬のことです。従来の化学合成による薬以上に、その製造過程は複雑です。私たちの体内には、受容体や細胞の表面の分子に特異的に結合して作用を発揮する抗体などがあります。化学合成では作ることが難しいさまざまなタンパク質を、生物学的技術(いわゆる「バイオ」)を使って、培養細胞に作らせます。それらを最終的に医薬品として使える形にしたものが「生物学的製剤」です。技術開発や安全管理のための手間や費用もかかるため、比較的高額です。
代表的な生物学的製剤の1つに、高額であると話題になった『インフリキシマブ』があります。関節リウマチや潰瘍性大腸炎の病因と考えられる体内分子に特異的に結合する抗体タンパク質を、生物学的技術で製造しているものです。より具体的には、1328個のアミノ酸がつながった、分子量がおよそ14万9000という巨大な糖タンパク質です。とてもではありませんが、人工的な化学合成では作れません。そのため、このアミノ酸配列をコードしたDNAをマウス骨髄腫細胞に組み入れた上で培養し続け、その細胞が産生してくれたものを回収・精製して、医薬品として使える形で提供されています。
もともとはアメリカの製薬大手のジョンソン・エンド・ジョンソンの子会社であるセントコア社で発明されたもので、日本国内ではすでに23年前(2002年)から田辺三菱製薬が販売しています。先発品としての販売名は『レミケード点滴静注用100』でしたが、すでに先発メーカーの特許期間が過ぎたことを受け、後発品が5社から製造販売されています。そして、それらの販売名は『インフリキシマブBS点滴静注用100mg「〇〇」』となっています(※〇〇には、「ファイザー」「CTH」「日医工」「NK」「あゆみ」といういずれかの後発メーカー名または記号が入ります)。いま現在、関節リウマチや潰瘍性大腸炎を治療している方のうち、インフリキシマブの先発品よりも後発品のほうを使っている方が多いと思われます。
ジェネリック医薬品とバイオシミラーの違い
化学的に合成された化合物を主成分とする医薬品の場合、後発品は「ジェネリック」と呼ばれます。ジェネリック医薬品は、もともとの特許権者以外のメーカーが製造販売するもので、実質的には「後発医薬品」に相当します。しかし、本来の「ジェネリック」という言葉には、「後発」という意味はありません。英語で「generic」は、「一般的な」「総称的な」「商標なしの」という意味です。では、インフリキシマブのような生物学的製剤の後発品も「ジェネリック」なのでしょうか? 実はそうではありません。「ジェネリック」とは呼ばず、「バイオシミラー」と呼びます。
同じ手順で化学合成される薬は、どのメーカーが製造しても、同一の化合物になります。しかし、生物学的製剤の場合は、同じ手順で製造しても、厳密に同一のものはできません。例えば、糖タンパク質であるインフリキシマブの、タンパク質部分は、細胞に組み入れたDNAの情報から正確に解読されたアミノ酸配列通りに同じものができます。しかし、そのタンパク質に糖鎖が結合する過程は、どちらかというと自然発生的にランダムに進行するものです。そのため、先発メーカーが同じ手順で作っても、微妙に違うものができることがあります。実際には、微妙に違うように糖鎖がくっついたタンパク質の混合物として、製品が供給されています。それでも、毎回同じ効果を示すことが保証されているのであれば、医薬品として使う上においては問題ありません。
後発メーカーが製造する場合は、先発メーカーの手順を参考にしますが、まったく同じではありません。製造工場も違いますし、生産過程も微妙に違うはずです。そして上述したように、自然発生的に起こるタンパク質の糖化反応などを一定にすることは、ほぼ不可能です。同一品は得られないため、「ジェネリック」とは呼べません。そのため製品を試験して、先発品と同等の効果や安全性が確認されれば、「生物学的に同じようなもの」とみなせると判断しています。そしてこれを「バイオシミラー」と呼んで、製造販売を認めているのです。
なお、「バイオ」は「生物学的」を意味し、「シミラー」は英語でsimilar、つまり「似ている」「同じような」という意味です。
インフリキシマブ以外にも、後発品つまり「バイオシミラー」が利用可能となった生物学的製剤の薬が増えてきました。皆さんが、病院や薬局で突然「これはバイオシミラーです」と説明されることがあるかもしれませんので、そのとき戸惑わないように理解しておいていただければと思います。