仲良し夫婦が突然の離婚?
ところが半年ほど前、母から電話がかかってきた。いつもならLINEで連絡してくるのに、いきなり電話というのは珍しい。「どうしたのと聞いたら、『お父さんが出て行っちゃった』と。父は再就職した会社でまた定年を迎えたんですが、それから1週間後のことでした。珍しくみんな集まってお疲れさま会をしたばかり。どういうことと聞いたら、『一人になりたいって言うのよ、お父さんが』と母は泣いてばかり。
父に電話をしてみたら、『もうお母さんとはちゃんと話し合ったから』と言うんですが、いや、泣いてばかりでよくわからないと言うと、ショックだったのかなあと父はのんびり言うんです」
フミさんは翌日、仕事を早めに切り上げて父に会った。父は妙にすっきりした顔をしていたと言う。
結婚生活を振り返り「重圧だった」と父
35年以上にわたる結婚生活がずっと重圧だったと父は語り出した。子どもたちが小さいころは忙しくて何も考えられなかったが、少しずつ手が離れていく中で、母は徐々に思い切り仕事をするようになった。それはいい。子どもたちが家を出てからは、母は平日は仕事仲間と食事をしたり、仕事関係の会合などがあって家では食べなくなった。そのうち、週末も趣味の集まりに出かけるようになった。
「父はそんな母についていけなくなったようですね。もともと父は、家にいるのが好きなタイプ。お互いにもう仕事最優先ではなく、二人でのんびり過ごしたかったみたい。でも母は定年後、ますます仕事をして友だ付き合いも華やかになっていった。老いていくことへの考え方があまりにも違うと父は思ったんだそうです」
そんなとき、父の実家が空き家になって困っていると親戚から連絡があった。どうせならそこでのんびり田舎生活をするのも悪くないと父は思った。母に打診すると、絶対に嫌と言われたそうだ。
「離婚届を出す必要もないけど、いったん自分の人生にケリをつけたいと父は思ったそうです。だから離婚したい、と。お母さんが悪いわけじゃないと父は言っていたけど、寂しかったのかもしれませんね、父は。母は父に甘えてばかりいたから。とはいえ今さら私も両親を説得する立場でもないですから、父の意志を尊重すると伝えたんです」
「大丈夫だけど寂しいわよ」と涙ぐむ母
数日後、母を連れ出して食事に行った。母は涙ぐみ、「まあ、しょうがないわよね、お父さんがそうしたいなら。だけど思うのよ、私の結婚生活って何だったのって」と言いながらも、バクバク食べていた。「この無神経さ、というかある意味でのたくましさが母の真骨頂なんでしょうね。一方の父はもっと繊細な性格だったんだと思う。父はずっと我慢してきたんだろうなと思いましたよ。だから『お母さんはひとりで大丈夫ね』と言うと、大丈夫だけど寂しいわよって本音を洩らしていました」
今も両親は元気だ。「大丈夫だけど寂しい」のではなく、母は「寂しいけど大丈夫」なのだとフミさんは確信した。父はもうじき実家へと旅立つ。都内から数時間なので、行き来はそれほどむずかしくはない。
「妹や弟も、両親の離婚は少なからずびっくりしたようですが、まあ、二人の問題だからと静観しています。二人とも心身が弱ってきたら、また考え直す時期がくるのかもしれませんね」
両親のことには口を挟まないと決めているものの、仲良く見えた両親の裏の気持ちを知ったフミさん。「本音を話し合っておくことも大事だよね」と夫と再確認しているようだ。