店の対応に嫌な予感がした
その後、お茶を持ってきたのは30代くらいの男性だった。「先ほどは申し訳ありませんでした」
そう言ってお茶とおしぼりを置いていった。ノブコさんは「面倒だな……」と思った。義父の言い分が通ったような感じになったからだ。こういう人はエスカレートしそうだと感じたとき、料理が運ばれてきた。
「先ほどの男性店員さんだったんですが、手早く置いていったのはいいんだけど義父の前に煮物を置いたとき、ちょっと位置がずれたみたいなんです。正面がちょっと斜めになっていた。
それほど気どった店じゃないんですよ。なのに義父はスイッチが入っちゃったんですね。『おい、おまえは和食というものをどう考えているんだ』と始まっちゃった。夫が『忙しいんだから、いいですよ、そこに全部置いていって。こっちでやりますから』と店員さんに目配せしながら言ったら、義父は『ちょっと待て。オレが教えてやっているのに逃げるのか』と煮物を店員さんに投げつけた。これには驚きましたね。それほどの怒りを表明する場じゃない」
義父はもともと義母にも子どもたちにも厳しいし、口うるさいタイプではある。だが、身内にはあそこまでの怒りを表したことはなかった。70歳近い年齢がそうさせたのか、定年退職して基本的にやることがなくて暇になってストレスがたまっているのかと、ノブコさんは考えたそうだ。
「謝罪っていうのは土下座だろ」と義父
「私たちも唖然とするばかり。すると義父が『謝れ』と店員さんに言ったんです。わけがわからないまま、彼も『申し訳ありません』って。すると『謝罪っていうのは土下座だろ』と。そこで夫が義父を押しとどめて、『ごめんなさい。もう下がってくださってけっこうです。本当にこちらが申し訳ないことをした』と頭を下げた。義父は憤懣やる方ないという感じでしたね」娘は怖かったのだろう、目に涙をためている。ノブコさんが大丈夫よと抱きしめると声を上げて泣き始めた。
「我慢できなくなって、私は夫に伝えて娘とふたりで先に帰りました。あんな現場にはいたくなかった」
あの日の義父は異常だったと、ノブコさんは振り返る。結局、義父は自分が正しいのに、誰も自分の言うことをありがたがって聞こうとしないことが重なってブチ切れたようだ。だが初対面の、しかも忙しい接客業の人に、なぜ偉そうに説教をするのかがわからないと彼女は言う。
「年をとっているから偉いわけじゃない。相手が社内の後輩や部下なら教えることも必要かもしれませんが、店と客の関係ですからね、威張るために威張っているだけで、威張っている自分に酔っているとしか思えない。悪いけど2度とあなたのお父さんには会いたくないからと夫には言いました」
夫もそれには反論できなかった。母親に、父の脳の検査をしたほうがいいと進言したそうだ。認知症を疑ったらしい。だが検査結果は異常なし。
「夫自身、大学入学で上京して、ほとんど実家にも帰ってないんです。久々に会った父親があんなふうだったのはショックだったんだと思います」
カスハラする父親には家族でさえ対応に苦慮することだろう。怒りの源は何なのか、周りの人間を下に見る癖はどうしてできたのか。なぜ自分が正しいと思えるのか。周りには理解できないことだらけだ。
<参考>
「カスタマーハラスメント実態調査」(2024年1月18日~3月18日、UAゼンセン/ n=3万3133人)