古い歴史的建築物の「仕掛け」。使われている視覚トリックは?
私たちの目に入ってくる光は、目の奥にある「網膜」(カメラのフィルムや映画のスクリーンのようなもの)に投影されて受け取られるので、あくまで「二次元的な情報」しか得られません。しかし、私たちが暮らす世界は「三次元空間」です。目で受容した二次元(平面)的な情報から、三次元の空間的広がりを読み取ろうとするのが、脳の役割です。そのため、実際よりも大きく見えたり、小さく見えたりすることもあります。この「見え方のトリック」を生かした有名な建築物は、実はたくさんあるのです。旅行シーズン前に、知識があれば、さらに観光が楽しめる錯視と建築物の関係をご紹介します。
遠近法とは……絵画で奥行きを表現し、よりリアルに見せる手法
「遠近法」という言葉は何となくみなさん耳にしたことがあるでしょう。一般的な絵画では、キャンバスという平面に私たちが見て感じたものを表現しますが、本来空間が存在しない二次元平面に可能な限り空間の奥行きを感じさせる、つまり「遠近感」をもたらす表現法を取り入れようと研究されたのが、「遠近法」です。1425年頃に、イタリアの建築家ブルネレスキが、鏡に映った像を写生して「消失点」を証明したことがその始まりと言われ、「透視図法(perspective drawing)」とも呼ばれます。住宅設計図などの「パース」という用語は、まさにこの透視図(パースペクティブ)のことを略して呼んでいるものです。下の描画例を見てください。
(A)のように立方体の各辺を平行に描くよりも、(B)のように「消失点」から延ばした補助線を利用し、近くのものは大きく、遠くのものは小さく描いた方が、三次元的に感じられますね。街の通りに立ったときに見える高いビル群を表現したいときには、(C)のように描くと、よりリアルです。これが「遠近法」です。
遠近法を応用した有名建築物……実際より通路が長く見えるスパーダ宮のゲート
そして遠近法は、絵だけでなく、建築にも取り入れられています。よく考えてみると、そもそも最初に遠近法に興味を持ったのはブルネレスキをはじめとする建築家だったわけですから、遠近法が建造物に応用されるのは当然かもしれません。遠近法のトリックを利用した建造物の例はたくさんありますが、代表的なものを一つ紹介しましょう。まず挙げられるのが、イタリア・ローマにある「スパーダ宮」という宮殿にあるゲートです。
もともとは1540年ごろにカーポディフェッロ枢機卿が建てたものですが、1630年ごろにベルナルディーノ・スパーダ枢機卿が購入してから、「スパーダ宮」と呼ばれるようになったそうです。その後イタリア政府が買い取り、州立美術館として一般公開され、今では観光名所の一つとして多くの人が訪れるようになりました。資料写真を見て筆者自身が描いたイラストをご覧ください。
先に種明かしをしてしまうと、このゲートは『遠近法の間(Colonnata Prospettica)』とも呼ばれているように、遠近法を利用したトリックが仕掛けられています。左の図(A)には、ゲートの入り口付近に標準的な成人男性が立ったらどうなるかを描き加えておきましたので分かると思いますが、入り口の高さは5~6mあります。そして、長い通路を抜けた奥の方の中庭には、図(B)に拡大して示したように、彫像が設置されていますが、この像の高さはどれくらいあると思いますか。人の身長より高く3m以上はありそうですが、実際は60cmしかありません。また、長い通路の奥行きはどれくらいあると思いますか。40~50mはありそうな感じがするでしょうが、実際は9mくらいしかありません。
実は、奥に行くほど、通路の天井がどんどん低くなるとともに、床の高さは上り、通路の幅も狭くなっているのです。柱の間隔も徐々に狭くなっています。入り口に比べると、出口はかなり小さく作られていることによって、「通路が長く出口が遠くにあるように見える」という視覚的効果が生み出されているのです。設計したのは、イタリアの有名な建築家ボロミーニですが、限られた空間を広く見せようと工夫したのでしょう。
このように歴史的建造物にも取り入れられている、脳の錯覚を利用した「空間の見せ方」を知れば、さらに見る楽しみや面白さが増えるのではないでしょうか。