公園にいてもゲーム機で遊ぶ子どもたち、体力低下が心配……。
最近、公園でゲームに没頭する子どもたちをよく見かけないでしょうか。そんな風景に「もっと体を動かして遊べばいいのに」なんて違和感を持ったことはありませんか。東京を中心に子どもの遊びにやさしいまちづくりを掲げて活動している一般社団法人TOKYO PLAY代表の嶋村仁志さんに、そんな現状についてどう思うか聞いてみました。
「遊ぶということは、子どものやりたい気持ちから始まるすべてのこと。時代の最先端のことをおもしろいと思うのも自然なことです。狩猟採集時代の最先端の遊びは、きっと木の実の収集や狩りだったんではないでしょうか。それが産業革命が起こり、ボールや自転車など道具を使って遊ぶようになって、さらにIT革命でオンライン化して……という流れですよね」
嶋村さんは、外に出てまでみんなで集まってやりたがるゲームの魅力に理解を示しますが、それは遊びの限られた一面でしかないことと言います。
「ゲーム自体が悪いわけではありません。ただ、ゲームは、本や映画と似ていて、他人が作った世界を共有させてもらうエンターテインメントの一種です。だから、遊ぶという本当に広くて深い世界のほんの一部しか味わえない。ですから、ゲームだけだとちょっともったいないなと思いますね。
バーチャルな世界だからこそ、リアルではあり得ない世界の中に入り込むことができるのは、この時代だからできる貴重な体験かもしれません。ただ、バーチャルじゃなくリアルの世界に出れば、指先だけで動かしたものを目で見るだけでなく、木に登ったり、目の前にある道具や材料を使ってオリジナルの秘密基地を作ったり、泥遊びでぐちゃぐちゃになったり、息が切れるまで走ったり、誰かにいたずらしたり、おもしろく遊びたいからこそのトラブルが起きたり、それを乗り越えて仲直りをしたりということを、五感を使って全身で体験し、この世界で自分が生きていることの歓びをもっと感じることができるでしょう。自分の身の周りの危険への反応も、そうしたリアルな体験の中で、単なる意識だけでなく、身体感覚として学んでいきます」
骨折が30年前の1.5倍。背景に「子どものロコモティブ・シンドローム」
子どもの遊び不足は、身体の発達にも影響をおよぼします。TOKYO PLAYは、2023年3月に「子どもが豊かに育つ社会のための緊急政策提言」を発表(*1)。その中で、学校での骨折が1988年から2008年の30年にかけて、約1.5倍に増えているというデータを紹介しています。背景には、「子どものロコモティブ・シンドローム(子どもロコモ)が起きている可能性がある」と嶋村さんは説明します。ロコモティブ・シンドローム(ロコモ:運動器症候群)とは、「加齢に伴う筋力の低下や関節や脊椎の病気、骨粗しょう症などにより運動器の機能が衰えて、要介護や寝たきりになってしまったり、そのリスクの高い状態を表す言葉」(*2 日本整形外科学会より)。これが今、高齢者だけでなく、全世代に渡る問題となり、中でも専門家たちの間では、明確な基礎疾患のない子どもの運動器機能異常を「子どもロコモ」と呼んで警鐘を鳴らしているようです(*3)。
「幼児期は、神経機能の発達が著しく、5歳頃までに大人の約8割程度まで発達するといわれています(*4)。そんなゴールデンエイジに、しっかりポジティブな負荷をかけないと、身体はやはり育たないものです。最近は、以前なら起きないようなところで骨折する子どもが増えたり、体幹が鍛えられていないために姿勢が悪くなって、じっと座っていられない子が増えているという話を保育現場などで聞くこともあります」(嶋村さん)
高いところは怖いと感じない「高所平気症」が増えている?
公園にある遊具には、単に楽しさを提供してくれるだけでなく、感覚神経の育ちを助けてくれる役割もあります。「ブランコは、揺れるのが楽しいだけでなく、前庭感覚(平衡感覚)を刺激してくれます。高いところに登る遊具は、高くて気持ちいいだけではなくて、『高いところって怖いんだ』という感覚も育ててくれます。そうした経験が少ないと、この高さから落ちたらケガをするという恐怖心が育ちません。医学用語ではありませんが、子どもの心理の専門家の間では、高所への怖さを感じにくい心理状態のことを『高所平気症』と呼んでいるそうです。子どもがマンション高層階のベランダから身を乗り出してしまう事故の背景になっているとも聞きます」(嶋村さん)
「本来、人間は生き物が持つ本能的な“いのちのしくみ”として、遊ぶことを通して自分の身体や感覚を整え、育てていくという力を持っているんですね。本来、そうした力は、大人が整備した公園のような『遊び場(プレイスペース・play space)』だけでなく、子どもの身の回りの『遊べそうな空間(プレイアブルスペース・playable space)』で育まれてきました。ですから、子どもは遊び場でもなんでもない、いろんなところで遊んでしまいます。大人からすると、それが“困った行動”に見えてしまうわけですが、それは子どもが自分で自分を育てているプロセスの真っ最中でもあるわけです。
たとえば、縁石だけを伝って歩いていくとか、色のついているタイルだけをピョンピョンと飛んでみるとか、遊びながら感覚神経も育てられる要素がたくさんあります。もちろん、公共空間の中では、周囲の人たちとの関係の中での節度はありますが、手すりで遊ぶのはダメと決めつけるのではなく、場所や安全も考慮した上で『やってみてもいいよ』と判断することがあってもいいですよね。大人が『いいか悪いか』『0か100か』だけじゃない世界がたくさんあることに気づくことで、子どもが自ら遊び育つ環境は、ふだんのくらしの中でも広がっていくではないかと思います」(嶋村さん)
子どもが豊かに遊ぶことは、身体の健やかな発達のためにも大切なこと。大人がそれを意識するだけでも、子どもをとりまく遊びの環境は変化していくかもしれません。
【参考】