40歳独身、実家を出る必要がなかっただけ
都内の一軒家に、70代の両親と暮らしているサエさん(40歳)。両親は70代半ば、彼女には兄と姉がいたが、兄は若くして事故で亡くなり、姉は結婚して遠方に住んでいる。「大学を卒業したときがひとり暮らしのチャンスだったのかもしれません。でも私、新卒で入った会社で上司からパワハラを受けて体を壊して2年で辞めたんです。急性胃潰瘍で1週間ほど入院している間にあちこち具合が悪くなって。最後はうつ状態になって精神科にもかかりました。2年間の無理が一気に出た感じでしたね。もしひとり暮らしをしていても、きっと実家に戻ったと思います」
あのときもっと強くなって、パワハラと闘えばよかったと後悔している。ただ、あの時点では心身ともに休むしか生き延びる方法はなかった。一時は死まで考えたのだ。両親には心配をかけたという負い目は今も残っている。
「その後、再就職をした会社がとても居心地がよくて今に至っています。その間、独立することもできたけど、そもそも都内に家があって会社まで30分もかからない。となればひとり暮らしする家賃がもったいないんですよ」
サエさんの母親は心配性なので、それが少しうっとうしいとは思ったが、怒りがわくほどの過干渉でもない。「もう大人だから大丈夫」と言い続けて、干渉を逃れてきた。
実家に面倒を見てもらう気楽「こどおば」
父は腕の立つ堅実な職人で、職場に請われて今も仕事をしている。母もつい数年前までパート仕事を続けてきた。決して裕福な家庭ではなかったが、両親は姉にもサエさんにも学費を惜しまなかった。姉は短大出だが、サエさんは大学院まで行かせてもらった。「父は根は温かい人ですが、とにかく無口。一緒にいて楽しくないという母の気持ちもわかるんです。母は10年前まで父の母の介護をしていました。祖母は口うるさい人で、私が子どものころから母はつらい思いをしてきた。父は言葉を尽くして母を慰めるようなタイプでもないから、母は父を恨んだこともあったはず。それもあって私は母を置いて家を出ることはできなかった。最近、週末は、出かけたがる母をあちこち連れていくことも多くなりました」
義母を見送ってから、すっかり明るくなった母といると、サエさんも楽しいという。女友だちより自分のことをわかってくれているし、他人に漏れる恐れもないので、つい母になら何でも話せると思う自分もいると彼女は言った。
「だからよけい“こどおば”なんて女友だちには言われてしまうんでしょうね。私は実家の子ども部屋に確かにいるけど、『実家でめんどう見てもらってお気楽でいいよね』と友人から言われるとさすがに落ち込みますね」
>一緒に住んでいたからこそ、危機を回避できた