奇妙な同居生活だったけれど
それから2年ほど、3人の生活は続いた。「だけど不思議なくらい、母とヨシキくんとの間に男女の雰囲気がないんです。私も中学生になっていたから、そういうことには過敏だったけど、べたついた感じがいっさいない。そもそもヨシキくんは中性的だった。ただ、とんでもなく優しかったし、とんでもなく親切だった」
ある日、ふたりきりのときにヨシキくんが言った。自分は親を知らないで大きくなった。学問も身につけられなかった。ナオミちゃん、今のうちに一生懸命勉強したほうがいいよ、と。さみしそうなヨシキくんに、ナオミさんは声をかけることができなかったという。
「でも何か、私にしてあげられることはないんだろうかとも思いました。ヨシキくんが今からでも勉強できるかなというから、私が受験勉強をするときに一緒にするようになったんです。高校中退だからなあと笑っていたけど、ヨシキくんはものすごい勢いで勉強していった。一緒に公立高校を受験しようよと言ったら、うれしそうな顔をしていました」
だがそんな彼を、ある日、母が追い出してしまう。帰ったら、ヨシキくんはいなかった。母に聞くと「知らない、出て行ったのよ」と冷たく答える。挙句の果てに、「あんた、ヨシキに色目を使っていたでしょ」と言い放った。
「もともとヨシキはあんたが目当てだったのよ、あんたが誘い込んだんでしょって。何を言っているのかわかりませんでした。だって彼は母が連れてきたんですから。今思えば、結局、母と彼は男女の関係ではなかったんでしょうね。
彼は女性に関心がなかったのかもしれない。でも母はそう思いたくなかった、だから私のせいにしたんです。殴られたり蹴られたりもした。『あんたのことは一生恨むから』とも言われました。でも当時の私はわけがわからなかったから、ヨシキくんがいなくなったのが寂しくてたまらなかった」
ヨシキくんがいなくなり母は荒れた
数日後、中学の前でヨシキくんが待っていた。もう会えないのと尋ねたら、うんとうなずきながら、「でもさ、僕、来年から昼間働いて、夜は定時制高校に通うよ」と言った。「それから母に内緒で一緒に図書館で勉強したりもしました。ヨシキくんは母の心配もしてくれたけど、母は毎日荒れて酔っているだけ。私は無事に公立高校に合格、ヨシキくんも定時制高校に通うようになりました」
その後、母は病で入院した。ナオミさんは実父と連絡をとりあいながら、ひとりでアパート暮らしを続けた。
「結局、母はそのまま亡くなりました。お酒で体がボロボロだったみたい。離婚したのも母の浮気が原因だったようですが、かわいそうな人だったなと思います」
ナオミさんは大学を優秀な成績で卒業し、今も勤める会社に入社した。ヨシキくんとは今も交流がある。彼もまた、大学の二部へ進学して人生が変わった。
「私もヨシキくんも独身のままです。彼は結婚も恋愛もする気はないんだと告白してくれました。どういうセクシャリティなのかはわからないけど、ヨシキくんはヨシキくんだから、それでいい。こういう人間関係を持てたのはうれしいけど、私にはいまだに母が、あんたが色目を使ったと言ったときの母の怖い顔が蘇ってくることがあって……。恋愛がなかなかうまくいかないのも、母の呪縛なのかもしれないと感じます。母はあの世でも私を恨んでいるのかもしれない」
修復できない心の傷を負ってしまったナオミさん。他の誰かでは癒やせない、母に謝ってほしいと願うも、その母はもういない。