Q. 台風が来ると「ワクワクする」ことがあるのは、なぜでしょうか?
台風接近のニュースを聞いて気分が高揚するのは、脳科学的には自然なこと?
台風が発生すると、進路や影響の大きさなどが心配される一方で、「ワクワクする」という声が聞かれることがあります。不謹慎だと考えて自制する人も多いでしょうが、「台風にワクワクする」という感情は、実は脳科学的に説明できる感情です。わかりやすく解説します。
「Q. 不謹慎だとは思いつつ、台風が来るという天気予報を見ると、どこかワクワクした気持ちになります。台風は怖いですし、被害が出てほしくありません。大雨になると大変だとわかっているのに、なぜこのような気持ちになってしまうのでしょうか?」
A. 非日常な事態に脳が備えることで起こる、自然な感情です
「ワクワクする」という言葉は、通常は何かを楽しみにするときに使われていますが、脳科学的にみると、ワクワクしているときの心の状態は、これから起こる非日常なことへの予測が沸き起こり、脳がそれに応答している状態といえます。「楽しい」と「怖い・不安」は、真逆の感情のように思われるかもしれませんが、実際には脳にとってはどちらも「興奮状態」に相当するものです。「胸が騒ぐ」「胸が高鳴る」「ドキドキする」などとも言い換えられるように、興奮して心臓が活発に鼓動している状態です。この状態は、自律神経系が交感神経優位になることで起こります。自律神経系は、周りの環境や状況、心の状態などに合わせて、体中の各種臓器の機能を調節する役割を果たしており、その名の通り、無意識のうちに「自律的」「自動的」に働きます。また自律神経系には、交感神経と副交感神経の2種類があります。両者は、ちょうど車のアクセルとブレーキのような逆の働きをしていて、これらが常にバランスを保つことで体の状態が安定するように微調整されています。
急に精神的・肉体的に活動を向上させなければならない場面が訪れると、自動的に交感神経の働きの方が優位になり、体や心に活発な興奮状態を作り出します。「緊張してドキドキする」というようなときには、まさに交感神経が活発に働き、これからやらなければならないことに対して体が素早く応答できるように準備をしているのです。筋肉を使って動くためには、エネルギー不足にならないように、酸素を含んだ血液をどんどん送り届けなければなりませんから、血液を循環させるポンプとしての心臓の動きを活発にさせようとしているのが「ドキドキ」(心臓の動きが大きく、かつ速くなっている状態)です。そして、その心臓の「ドキドキ」を、脳が感知したときの心の状態が「ワクワク」なのです。つまり、「ワクワク」は、これから起こることに対して、体と心が準備しようとしている反応ということです。
ですから、台風が来るかもしれないと知ったときに、ドキドキ、ワクワクが起こるのは脳のしくみとして自然なことです。悪いことではありません。自分の身の回りで起きていることにちゃんと関心を示している証ですから、むしろ良いことともいえます。危険な台風が来ているのに特に何も感じず平静で、何の準備もしようと思えないことの方が問題です。
その一方で、「不謹慎」という考えは、人間の脳に独特な「理性」や「社会性」によって生み出されています。これを担っているのは、前頭前野という脳の場所です。ドキドキやワクワクが起きたとしても、「冷静に対応しなければならない」と考えて本能的な感情を抑え込んだり、社会的に考えて「被害を受けた人のことを気遣うべきだ」と配慮をするのは、無意識のうちに起こる生理的な反応とは別の、脳のしくみなのです。
前頭前野は脳の中でも発達するのに時間がかかる部位です。特に前頭前野が十分に発達していない子どもには、不謹慎というのはまだ自然に理解するのが難しい感情でしょう。成熟した大人にならなければ機能しません。なので、小さなお子さんが「台風が来るの楽しみ~」「学校が休みになったら嬉しい」などと言うのは、脳の発達を考えると仕方のない面でもあります。それに、そういった感情や発言は、台風やそれに伴う被害を心待ちにしているのではなく、これから起こるかもしれないことに対する危機感や不安を解消しようとする気持ちから出る言葉でもあるので、頭ごなしに責めないことも大切です。
台風がどれほど危険なものかを理解して適切な行動ができるようになるには、経験と学習が必要です。そして大人でも、実際に被害を受けたことがなく、実体験を伴わない知識としてしか台風の怖さを知らなければ、ワクワクするという感情が沸くこともあるでしょう。興奮状態になるのも、それを不謹慎だと考えるのも、正しい脳のはたらきなのです。