実は、江の島へのアクセス手段として、もう1つ、とても魅力的な乗り物がある。JR東海道線・横須賀線などが乗り入れる大船駅と江の島の玄関口に位置する湘南江の島駅との間約6.6キロを結ぶ、世界的にも珍しい懸垂型(ぶら下がり型)モノレールの湘南モノレール江の島線だ。
空駆けるモノレールで江の島へ
モノレールといえば、羽田空港へのアクセス手段として知られる東京モノレールのように、軌道桁(線路)にまたがって走行する跨座(こざ)型モノレールが、馴染み深いと思う。では懸垂型モノレールとはどのような乗り物かといえば、つい先日、2024年7月までに廃止されることが公表された上野懸垂線(上野動物園モノレール)を思い浮かべてほしい。湘南モノレールは、より近代的なさまざまなシステムを採り入れた懸垂型モノレールの実用路線で、高速(最高時速75キロ)で空を駆け抜けるといえば、イメージしやすいだろうか。
湘南モノレールでは現在、2023年12月末までの期間限定で「くいしんぼうチケット」(税込3000円)を販売している。「1日フリーきっぷ」の引換券と、沿線の飲食店28店舗で利用可能な「食事券」3枚がセットになったお得なチケットだ。今回は、この「くいしんぼうチケット」を使って、江の島へのグルメ旅を楽しんでみたい。 なお、江の島では2023年7月15日(土)~8月31日(木)まで、夏のライトアップイベント「江の島灯籠2023」が開催されているので、こちらのイベントの様子も紹介しよう。
厚切りのローストビーフ
さて、まずは湘南モノレール大船駅のきっぷ売り場の窓口で「くいしんぼうチケット」を購入する。1日フリーきっぷは、引き換えたその日限り有効なので注意しよう。食事券はイベントが終了する2023年12月31日まで使うことができる。「江の島灯籠」のライトアップは18:00開始なので、大船で腹ごしらえしてから江の島に移動することにしたい。「くいしんぼうチケット」の食事券が使えるお店は、特設サイト等で探すことができる。
今回うかがったのは、大船駅のすぐ近くにある「STYLE CAFE」さんだ。「カジュアルなCAFE、いつものCAFE」をコンセプトにしているというこちらのお店は、料理が自慢だという。 料理長の高野正和さんにうかがうと、おすすめ料理はパスタとローストビーフだという。淡路島のうどん屋さんから取り寄せているコシの強い生パスタは、「これを食べるのを目当てに来店するお客さんもいらっしゃいます」とのこと。
また、ローストビーフは「低温調理でじっくり焼き上げた後、一晩寝かすことで肉汁をギュッと閉じ込めます。ステーキのように厚切りでお出しする、当店の名物です」とのことで、どちらにしようか、真剣に迷ってしまう。 ちなみに、パスタランチ(ソフトドリンク・スープ付き)は食事券1枚、ローストビーフ(ワインorソフトドリンク付き)は食事券3枚で食べられる。いずれも、曜日・時間限定メニューなので、「くいしんぼうチケット」特設サイトで情報をチェックしてみてほしい。
■STYLE CAFE (スタイルカフェ)
住所:鎌倉市大船1-5-4
営業時間:11:00~23:00
定休日:月曜日
※STYLE CAFEでは、「くいしんぼうチケット」は9月以降、利用可能。
ドラマチックな車窓風景の変化
いよいよ、モノレールに乗車する。発車ベルが鳴り終わると静かにスタート。いきなり街路の上空を、スピードを上げながら駆け抜けていく。間もなく、車体を左右に揺らしながらS字カーブを通過して、その先でJR線の上空を越えていく。 湘南モノレールは、鎌倉市西部のアップダウンが多い路線を走る。このような路線を最高時速75キロで駆け抜けることから、「湘南ジェットコースター」と呼ぶ人も多い。リアルな街の上空を走る分、遊園地のジェットコースターよりも、むしろ刺激的かもしれない。刺激的なだけでなく、空中からの車窓風景も魅力的だ。大船の街路上空からスタートし、緑豊かな住宅地を抜け、トンネルをくぐり抜ける。そして、終点の江の島に近づくにつれ、遠方に湘南の海のキラキラとした輝きが広がりはじめる。このドラマチックな車窓風景の変化を鳥目線で、しかも遮音壁がないためにダイレクトに楽しむことができるのだから最高だ。 モノレールの旅は、わずか14分で終了する。もう少し乗っていたい気がするが仕方がない。終点の湘南江の島駅に着いたならば、改札を出て右手に進み、「ルーフテラス」に出て深呼吸しよう。ここからは、冬ならば高確率で富士山をはじめ箱根や丹沢の山々も見渡すことができる。夏でも「天候や時間帯によっては、富士山などを一望できますよ」(湘南モノレール広報課)とのこと。
この湘南江の島駅で、ぜひとも挑戦しておきたいのが、駅ビル3階の目立たない場所にひっそりと設置されている運転シミュレーターだ。2016年に引退した500形車両の運転台を利用しているとのことで、リアリティーがハンパない(というか、リアルなのだ)。しかも無料で大船―湘南江の島間の全線の疑似運転ができるので、空いている時間ならば、いくらでも楽しむことができる。 さて、駅改札を出たら、県道と江ノ電の踏切を渡り、洲鼻通りの商店街へと進もう。この商店街はオシャレなお店があるかと思えば、レトロな写真館や和菓子屋さんもあるなど、本当にバラエティー豊かだ。途中のお店で美容や健康に良い効果を持つというハトムギを主原料にした「えのしまだんご」が売られているのが気になり、「くいしんぼうチケット」は使えないものの、思わずペロリと食べてしまった。 洲鼻通りを抜けると目の前に、どーんと大きく、江の島がその姿を現す。すでに日暮れ時。江の島へと渡る弁天橋の上から西に目を向けると、夕日の照り返しの光が波間にキラキラ揺れている。今日も1日暑かったが、ようやく涼やかな海風にあたることができた。
灯籠の明りの中で
時刻は17:50。「江の島灯籠」のライトアップは18:00スタートだ。江の島の入口に立つ青銅の鳥居をくぐり、土産物屋が軒を連ねる小道を抜け、瑞心門の前へと進む。江の島は猫が多いはずだが、暑さのせいか、1匹も見かけない。18:00になると、そちこちに設置されている灯籠に明りが灯り、心地よい音が聞こえてくる。瑞心門を見上げると、江の島に伝わる物語を光と音で演出するインスタレーション「光の絵巻」の上映がはじまった。 石段を上っていこう。江の島には辺津宮、中津宮、奥津宮と3つの社があり、3人の女神がまつられている。「3人とも、きちんとお参りしないと嫉妬されるよ」と誰かから聞いたことがある。時間があるならば、3つの社をきちんと巡礼したほうがいいのだろう。辺津宮から中津宮へと、灯籠の明りに囲まれた参道を上っていき、やがて道は展望灯台「江の島シーキャンドル」のある島の頂上へとたどり着く。
展望灯台がある「江の島サムエル・コッキング苑」は入苑料が必要だが、できれば入っておきたい。苑内の灯籠が見応えがあっておすすめなのだ。運良く、灯籠と展望灯台、そして西の海に沈み行く夕日を1枚の写真におさめることができた。 サムエル・コッキング苑を出て、灯籠に照らされた細道を島の奥へと進む。全島でおよそ1000基もの灯籠が設置されているというが、こんな島の深部にまで灯籠を設置し、しかも電気の配線までするのは相当に大変な作業だろう。この奥津宮の辺りまで来ると人も少なく、灯籠の明りがより幻想的に、闇の中に浮かび上がっている。
奥津宮の参拝を終えたらば、島の入口へと戻ろう。しかし、このまま帰路についてはもったいない。「くいしんぼうチケット」の食事券を使って、どこかのお店でお酒を飲むことにしたい。
選んだのは、モノレールの湘南江の島駅から徒歩2~3分のところにある「Prime」というバーだ。大きなバーカウンターがあって、マスターの美坂優貴さんが、1人で切り盛りしている。観光客向けというよりも、地元の人たちが夜な夜な集うようなお店だ。居合わせたお客さんとも、自然と会話が弾む。 食事券1枚で頼んだお酒(つまみ付き)をすぐに飲み干してしまい、追加で(これは現金払いで)、ハイボールを頼む。さらに名物料理がないかと尋ねると、昔懐かしいナポリタンのスパゲティにチーズをかけてオーブンで焼いたものができるという。これは、横浜の、とある洋食店の名物料理で、許可をもらって出しているのだという。
ハイボールを飲み干し、料理を平らげた頃には、すっかり夜も更け、お腹も膨らんでいた。
■Prime(プライム)
住所:藤沢市片瀬3-14-33
営業時間:17:00~0:00
定休日:木曜日
帰りもモノレールに乗車する。車窓は真っ暗闇だ。やはり、湘南ジェットコースターに乗るならば、昼間のほうが楽しい。だけど、ほろ酔い気分にモノレールの揺れが、とても心地よく感じる。
なお、筆者は2023年5月に『湘南モノレール50年の軌跡』(神奈川新聞社刊)という本を上梓した。湘南モノレールの歴史と魅力が詰まった1冊である。この本を片手に、湘南モノレールで江の島へお出かけいただければ幸いである。