弟との再会で訪れた変化のとき
2年後、彼女が勤めていたスーパーに弟が突然、訪ねてきた。離ればなれになって6年の月日がたっていた。「ちょうどその前日、夫に殴られたので、私、こめかみのところが痣になっていたんです。弟が来たのは午後で、早退させてもらってふたりで近くの喫茶店で話していました。すると弟が痣に気づいて。ごまかそうとしたけど、弟はすぐに『ダンナだろ』って。『わかるんだよ、ねえちゃん。でも、そういう男と一緒にいるのは間違ってる』とはっきり言われて、私は泣き崩れました。『あの家、嫌だっただろ、今ねえちゃんがいるのは実家と同じなんだよ』って」
そこから弟が彼女を救い出してくれた。弁護士をつけて、二度と彼女に近づかないと誓約書を書かせて離婚した。その後、彼女は弟とふたりで暮らすようになった。
「弟は30歳のときに結婚しました。義妹の紹介で私も、ある男性と付き合うようになった。でも私、なかなかうまく関係が築けなくて。言いたいことも言えないから、相手を苛立たせるんだとわかっているけど、どうしたらいいかわからない。その彼がカウンセリングに連れていってくれました」
少しずつ、彼女は穏やかな日々を送れるようになっていく。なにより大きかったのは、彼の両親だった。
「彼はひとり暮らしなんですが、月に1回くらい実家に行くんです。そのとき同行させてくれました。彼の家はごく普通のサラリーマン家庭。お父さんはダジャレばかり言っているお調子者で、お母さんはお父さんを煽って落とす。それを彼がまったくもうと言いながら笑ってみている。そんな感じ。最初はびっくりしましたけど、少しずつなじんでいきました」
彼が弟から聞いたマユさんの人生を両親に話していたのだ。両親は、ゆっくりとマユさんと信頼関係を築いてくれた。マユさんの前で両親が軽い口げんかをしたこともある。だがふたりは翌日には笑って話していた。それもマユさんには驚くべきことだった。
「ケンカになっても暴力沙汰にはならないこと、そして翌日には仲直りしていること。どちらも身近で初めて見たかもしれません。両親も彼も、基本的に精神状態が安定しているのもすごいなあと思って……」
2年前、その彼と結婚した。今は義両親の近くで暮らしている。1歳になる長女もいる。子どもをもつのは怖かったが、彼と義両親が支えてくれるとわかっていたので実際には不安が少なくてすんだ。
「子どもはかわいいです。無条件にかわいい。命に代えても守りたい。私の両親もそう思ってくれたんだろうかと考えることもあります」
実家では祖父母が亡くなり、両親はそれぞれ失踪し、いまだに居場所がわからない。父も母もつらかったのかもしれないとマユさんは思う。それでもあの環境は変えるべきだったとも考えている。
「日々、落ち着いた状況で暮らせることがこんなに幸せだと気づきました。弟のところも子どもがいるので、ときどき行き来しています。義妹がまた、非常にメンタルの安定したいい人だから弟も救われているみたい」
自分で自分を上機嫌に保つのは大事なことだし、理想的なことでもある。ただ、不安定な環境で育った人がそこに至るのは至難の業なのかもしれない。