おとなしくなった夫
娘からの猛烈な抗議を受けて、夫は思わず黙り込んでしまったという。「子どもだと思っていた娘が、意外にも理屈の通ったことを言ったので驚いたのかもしれません。何も言えなくなった夫に向かって、娘は『ワンコの命も、お父さんの命も命には変わりないよね。私は今、お父さんが死ぬより悲しい。だってワンコはいつも私の味方だったもん』と言ったんです。私も涙が止まらなかった。11歳でこんなことが言える娘をすごいと思いました」
夫は黙って自室へと引き上げていった。お正月も、いつもなら3人で行く初詣を娘は拒否した。ユウコさんはペットの葬儀会社に連絡、正月2日に娘とふたりでワンコを見送り、遺骨をもって帰ってきた。
「帰宅すると夫が、娘の好きな手打ち蕎麦を作ってくれていました。そして『おつかれさま』と娘の肩をポンポンと叩いた。娘は涙目で夫を見ていましたが、何もいわずに部屋に引き上げました」
食べないのかと心配していると、娘はじきにリビングにやってきた。そして父親の作ったざるそばをすすった。
「夫は何も言いませんでした。私は謝ってほしかったけど、ああいうときに謝るような夫ではないんですよね。娘は食べ終わると、ごちそうさまと言って食器をキッチンに運んで部屋へ入っていきました」
ふうーっとため息をついたユウコさんに、夫はポツリと「ごめん」とつぶやいた。ごめんというなら娘に言ってよとユウコさんもつぶやいた。「娘がどれだけ大事なことを言ったのか、あなたにはわかってないと思う」と、ユウコさんは言いたかった。だが、そこまで踏み込むと、天邪鬼な夫がまたひねくれるかもしれない。今はそうっとしておこうと考えた。あれから3カ月たち、夫は娘に対してどこか遠慮がちにふるまっている。一方で、娘は父親が期待していた私立中学受験を拒否すると宣言した。
「地元中学に入ってバスケットをやると。高校も地元の県立に行くって。夫はがっかりしていましたが、娘の人生だからねと私が一言押すと、わかってると短く答えました」
父親と娘の力関係は逆転したようだ。ユウコさんは娘に「私はあなたを誇りに思う」と伝えた。おそらく娘は、夫の言いなりになりがちなユウコさんにも腹を立てていたはずだ。だが、そんな母が犬のことで味方になってくれたのをうれしく思っていたのだろう。
「私は命あるものは平等であってほしいと思うのと、娘が先日言ったんです。日々、娘に学んでいます……」
年齢や立場が違うものからも学ぶことはある。子どもに軽蔑されないような柔軟性をもった大人にならなければとユウコさんは言った。