薬の名前に地名が含まれていることも
地名に由来した薬の名前がある?
国立極地研究所や茨城大学などの研究チームが、地球の約77~13万年前の年代を象徴する大きな特徴が残されていた千葉県市原市の地層に注目し、その年代名を「チバニアン」とすることを提案していたのが正式に認められたのは、2020年1月17日のことでした。地球の歴史の一時代として日本の地名が刻まれたことは、とても誇らしいことですね。
実は、薬の一般名にも、地名が刻まれているものがあります。
一般に、薬の名前はカタカナで示された記号のようなもので、特に意味などないと思っている方がほとんどでしょう。しかし、実はすべての薬の名前には意味があり、ちゃんとその薬の特徴を反映しており、その知識は、薬を深く理解するために役立ちます。そこで、今回は、地名にまつわる薬の名前について解説します。
血液凝固を防ぐ薬「エドキサバン」に隠された地名
エドキサバン(edoxaban、先発品の販売名:リクシアナ)は、血液が凝固するのを防ぐ薬で、2000年代初めに第一三共株式会社で合成されました。主に、血管内に血液の塊(血栓)ができて血流が妨げられてしまう「血栓塞栓症」の治療や再発抑制に用いられています。さてこの薬名の中にどんな地名が含まれているか分かりますか。そう、おそらく多くの方が気づかれたと思いますが、頭についている「エド」は「江戸」のことです。この薬を見つけた第一三共葛西研究開発センターの所在地が、東京都”江戸”川区であることに由来しています。名前が出身地を表しているというわけです。
免疫抑制薬「タクロリムス」に隠された地名
タクロリムス(tacrolimus)は、免疫抑制薬で、各種移植における拒絶反応を抑える効果があり、臓器移植の発展に大きく貢献してきました。「重症筋無力症」、 「関節リウマチ」、「ステロイド抵抗性のループス腎炎」、「難治性の活動期潰瘍性大腸炎」、「多発性筋炎・皮膚筋炎に合併する間質性肺炎」などにも用いられます。さて、この名前の中の最初の「T」が、薬の出身地を表しています。1984年に当時の藤沢薬品工業(現在のアステラス製薬)が筑波山の土壌サンプルから分離した放線菌Streptomyces tsukubaensis の代謝産物として、タクロリムスは見出されました。つまり、最初の「T」は「筑波」に由来しているというわけです。
細菌感染症治療薬「ジョサマイシン」に隠された地名
ジョサマイシン(josamycin)は、抗生物質の一種で、各種細菌感染症の治療に用いられます。語尾にある「~マイシン」は、多くの抗生物質に共通した響きとして付けられているものなので、前の方の「ジョサ」が地名に関係していそうだというのは気づかれたと思いますが、「ジョサ」って一体どこでしょうか。1964年に山之内製薬と財団法人微生物化学研究所の梅澤濱夫らが協同して、高知県長岡郡の土壌から分離した放線菌の変種 Streptomyces narbonensis var. josamyceticus の培養ろ液中から、ジョサマイシンは発見されました。言うまでもなく、「ジョサ」は、起源となった放線菌名中の"josa"myceticus に由来しているのですが、それでも「ジョサ」が地名に関係しているとは分かりにくいですね。実は、 放線菌の出身地は高知県で、その旧国名である土佐(tosa)に似た発音で、かつ語呂のよい「josa」が選ばれて、名前に組み入れたそうです。
抗生物質「リンコマイシン」「ピマリシン」に隠された地名
海外の地名が含まれた薬の名前もありますので、2つほど紹介しましょう。抗生物質のリンコマイシン(lincomycin)は、1960年代にアメリカのアップジョン社が、ネブラスカ州リンカーン近くの土壌にいた放線菌(Streptomyces lincolnensis var. lincoinesis)から発見したことに由来して、命名されました。また、同社がリンコマイシンに化学的修飾を加えて合成したクリンダマイシン(clindamycin)にも、「リン」が引き継がれているので、ともに地名が関連した薬名と言えます。
ピマリシン(pimaricin)は、1957年にオランダのギスト-ブロカデス・N・V社によって土壌放線菌の一種Streptomyces natalensisから発見された抗真菌性抗生物質ですが、土壌の採取地である南アフリカの都市名 Pietermaritzburg に因んで(地名中の ”pi” と ”ma” だけ取って)命名されました。
出身地名が入った薬の名前は他にもあります。他の薬の出身地を知りたくなった方は、是非ご自分で探してみると、新しい発見があるかもしれませんよ。