アズレンスルホン酸、ゲンタマイシン…色に関係した薬の名前

【薬剤師、大学教授が解説】薬の名前は一見無機質で難しく見えますが、すべての名前には名づけの背景があります。胃炎や口内炎治療に使われるアズレンスルホン酸や、細菌感染症治療に使われるゲンタマイシンなど、皆さんも聞き覚えがありそうな薬は、実は「色」にちなんだ名づけをされています。薬の見方がちょっと面白くなる、色にまつわる名前がついた薬をご紹介しましょう。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

「色」に関連する薬の名前

色に関係した薬の名前

下記の薬の名前に共通することとは?


突然ですが、クイズです。次に掲げる1)~4)は、すべて薬の一般名ですが、実は何かが共通しています。それは何でしょうか。

1)アズレンスルホン酸
2)カナマイシン
3)ゲンタマイシン
4)ドキソルビシン

「みんな”ン”が入っている」これも一つの答えかもしれませんが、多くの薬名には”ン”が入っているので、そんなことをクイズにしても面白くないですよね。勘のいい方は、お気づきでしょう。そう、私が求めている正解は、この記事のタイトルに書かれている通り、「色に関係した名前」です。

薬の剤形は、錠剤や顆粒、液剤など様々ありますが、色は白いものが圧倒的に多いです。飲み忘れを防ぐ、使用目的が分かるようにするなどの理由で、人工的に着色された薬剤もありますが、上に掲げた4つは、化合物そのものが特徴的な色をしており、しかもそれが名前に反映されているのです。一つ一つ詳しく解説しましょう。
 

アズレンスルホン酸とは……胃炎や口内炎治療に使われる薬

アズレンスルホン酸という薬については、「花粉症などの目のかゆみ・充血に効く目薬…青紫色の点眼薬の効果・効能」でも詳しく解説していますので、是非お読みください。

要約すると、アズレンスルホン酸には抗炎症作用や組織粘膜修復促進作用があるので、胃炎などに対するのみ薬(販売名:マーズレン配合錠など)、咽頭炎や口内炎などに対するうがい薬(販売名:アズノールうがい液など)、花粉症などの目のかゆみや充血に対する目薬(販売名:AZ点眼液など)などとして広く用いられています。青紫色をしているのが特徴で、別名「水溶性アズレン」とも呼ばれ、実は、ハーブの一種であるカモミールの研究から作られた薬です。

カモミールは、和名で「カミツレ」とも呼ばれ、春先に白と黄色のかわいい花を咲かせるキク科の一年草で、多くの方が春の野原で見たことがあるはずです。有名なハーブの一つとして、ヨーロッパ南部や東部では古くから各種炎症性疾患に対する民間薬として用いられてきました。1863年にイギリスのジョージ・ウイリアム・セプティマス・ピエスは、カモミールを加熱蒸留して得られる精油の分析を行い、分離された青色の油をアズレンと命名しました。その名はスペイン語で「青い」を意味するazul(アズールと発音)に由来します。

アズレンは水に溶けず薬として用いるには不適だったので、アズレンの化学構造を修飾した水溶性誘導体が研究され、その中からアズレンスルホン酸が選ばれました。日本では1960年に発売され、現在までに数十種類もの製品が使用されてきました。そのほとんどの販売名に「アズ」の響きが入っており、いずれも青色をしているのが特徴です。まさに「名は体を表す」ですね。
 

カナマイシンとは……細菌感染症治療に使われる抗生物質

カナマイシンは、アミノ基が所々についた多糖なので、アミノグリコシド系抗生物質の一つに分類され、各種の細菌感染症の治療に用いられる薬です。

発見したのは、日本の梅澤浜夫博士です。梅澤博士がカナマイシンを見つけたのは1955年のことで、長野県の土の中からとれた Streptomyces kanamyceticus という放線菌の培養液から単離することに成功しました。つまり、kanamyceticus からとれた抗生物質なので、カナマイシンと名付けられたというわけです。

ただ、この薬の名前のどこに色が含まれているか、お分かりですか。そう、頭の「カナ」が、実は「金色」を意味しているのです。カナマイシンが見出された放線菌は、菌叢の色調がめずらしい金色、つまり”カナ”色をしていたことから ”kana”myceticus と命名され、その響きがそのまま薬の名前に反映されたというわけです。
 

ゲンタマイシンとは……細菌感染症治療に使われる抗生物質

ゲンタマイシンも、アミノグリコシド系抗生物質の一種で、各種の細菌感染症の治療に用いられる薬です。1963年にアメリカのシェーリング社という製薬メーカーで、土壌放線菌の一種 Miromonospora purpurea から初めて単離されました。おそらく皆さんが一番気になるのは、このゲンタマイシンという薬の名前の中に、色を反映した響きが入っているはずだが、どこが色なの?ということではないでしょうか。ちょっとわかりにくいですね。   

実はそのヒントは、起源となった土壌放線菌の名前の中に隠されています。学名の種小名が purpurea となってますね。そう、この放線菌は、菌叢が紫色、パープルに見えることから、purpurea と命名されたのです。ただ、パープルに近い響きは名前の中に見当たりません。これ以上は難しいので答えを明かしますと、「ゲンタ」が紫色を表しています。

リンドウという植物をご存じでしょうか。ラッパのような紫色の花がきれいですよね。そして、リンドウの学名は Gentiana といいます。ゲンタマイシンの「ゲンタ」には、「リンドウの花のような紫色」という意味があり、起源となった放線菌の色を反映していたということです。
 

ドキソルビシンとは……鮮やかな赤色をした抗がん剤の一種

ドキソルビシンは、抗悪性腫瘍薬(抗がん剤)の一種です。悪性リンパ腫、肺癌、消化器癌、乳癌、膀胱癌、骨肉腫などの治療に用いられます。先に色を明かしてしまうと、ドキソルビシンは、非常に鮮やかな赤色をしています。

イタリアのファルミタリア研究所は、1950年代から土壌細菌から抗腫瘍性抗生物質を探索する研究に着手し、イタリア南部のデルモンテ城の周囲から集めた土壌から、赤い色素を産生する放線菌 Streptomyces peucetius を分離し、1963年ごろに新規の抗生物質を単離することに成功し、ダウノルビシン(daunorubicin)と命名しました。同社はさらに研究を続け、同じ放線菌の変異株の培養液から、ダウノルビシンに似ている別の抗生物質を単離することにも成功しました。この抗生物質は、ダウノルビシンにヒドロキシ基(hydroxy)という構造が加わったものだったので、ドキソルビシン(doxorubicin)と名付けられました。ドキソルビシンは、ダウノルビシンより抗腫瘍活性が高く、各種の悪性腫瘍に対する治療薬として日本では1975年に発売されました。
 
さて問題は、ダウノルビシンやドキソルビシンの名前中のどこに「赤色」が含まれているかです。ヒントは、2つに共通している「ルビシン」という語尾に注目してください。実は「ルビ」は、赤い宝石のルビーを意味するフランス語の rubis に由来しているのです。ルビーのような鮮やかな赤色をしている薬なので「~ルビシン」と名付けられたというわけです。
 

薬の名前の意味を知るとイメージが変わる

意味を知ると、無味乾燥だった薬の名前が、明るいカラフルな響きに聞こえてきませんか? 自分やご家族が飲んでいる薬がある人は、ぜひ薬の名前の由来についても調べてみてください。きっと面白い発見があるはずです。
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