覚えづらい薬の名前…なぜ基本的にカタカナ表記なのか?
なぜ薬の名前はカタカナだらけで覚えにくいのか
しかし、病院でもらった薬の処方箋や、薬局で薬と一緒にもらった「お薬の説明書」に書かれている薬の名前は、一見すると意味不明なカタカナだらけです。覚えたいと思っても、なかなか覚えづらいのが現実ではないでしょうか。
薬の名前がなぜカタカナだらけなのか、その理由と、カタカナ表記で生じる問題点と解決法をご紹介します。
薬は国際的な共有財産! 国際的な共通言語である英語がベース
現在日本で用いられている薬の中には、海外で作られて日本に導入されたものだけでなく、日本で開発されて日本だけでしか発売されていないものもあります。しかし薬の名前はほとんどがカタカナ表記です。これはなぜでしょうか?国を問わず人々の健康を守る上で、薬は「国際的な共有財産」と考えるべきものでしょう。そのためには、世界中のすべての薬の名前がどの国でも通じるようにした方がいいですよね。今の国際的な共通言語は、やはり英語になりますから、薬の名前は英文字表記されるのが基本になっています(「洋名」に相当)。しかし、その薬を日本で用いるときには、日本語として扱いやすいよう「和名」もつけることになっています。
外来語を日本語に取り入れる際には、たとえばAmericaを「アメリカ」と書き換えるように、外来語の発音をカタカナで書き表すのが通例ですね。薬の名前も同じで、先に英文字で定められた薬の名前を、できるだけオリジナルの発音に近い形でカタカナ表記したのが「和名」であり、みなさんが見ている書類に記された「カタカナだらけの薬の名前」というわけです。
いくつか有名な薬の洋名と和名を見てみましょう。
- 洋名:aspirin → 和名:アスピリン
- 洋名:warfarin → 和名:ワルファリン
- 洋名:pravastatin → 和名:プラバスタチン
- 洋名:aciclovir → 和名:アシクロビル
日本の「カタカナ英語」で薬名をつける問題点
日本では外来語をカタカナ表記することが慣例とはいえ、英語と日本語では発音に違いがあるため、無理矢理カタカナに置き換えようとするとさまざまな問題が起こることがあります。たとえば、2(two)を「ツー」、リンゴのappleを「アップル」と書き表しますが、カタカナをそのまま読んでも、英語ネイティブには通じません。また、乗り物のbusとお風呂のbathは、どちらもカタカナだと「バス」になってしまい、区別がつきません。薬の名前に関しても、カタカナだけでとらえると大きな誤解を生むことがあるので、注意が必要です。
たとえば、一般の方にはあまりなじみがないかもしれませんが、薬学生なら大学の授業などで、
「アスピリンはピリンとついているのでピリン系の薬と思われがちですが、実はピリン系ではありません。」
といった話を聞くことがあると思います。これはカタカナ英語ならではの「勘違い」です。
「アスピリンはピリン系ではない」の何が問題か
「ピリン系の薬」というのは、1883年ドイツ・エアランゲン大学の化学者ルートヴィヒ・クノールによって合成された「アンチピリン」という化合物に強い解熱作用が発見されたのを皮切りに、次いで類似の化学構造をした「アミノピリン」「スルピリン」などが作られ、すべて名前の語尾に共通して「~ピリン」とついているので、「ピリン系」とまとめて呼ばれるようになったものです。風邪などで高熱がでたときに使うと、よく熱が下がるので、広く使われるようになりました。日本では1950年代から、アミノピリンやスルピリンなどのピリン系解熱鎮痛薬を含んだアンプル入りの風邪薬(液剤)が発売されました。当時は、高度経済成長期で、生活を豊かにしようと多くのサラリーマンが寝る間を惜しんでモーレツに働いていましたので、ちょっと体調がおかしいなと感じたときに、アンプル瓶をパキッと割ってグイっと飲める風邪薬はたいへん重宝されました。おまけに、飲み過ぎの危険性も認識されていなかったので、まるでスタミナ満点のドリンク剤のような感覚で利用していた人が多かったものと思われます。そんな中、1965(昭和40)年の冬、日本ではA型インフルエンザが猛威をふるい、患者数が2万6000人、学級閉鎖が2378校にも達しました。その2月のある日、千葉県で農業を営む男性が団体旅行から帰宅後に、アンプル入り風邪薬を飲んだところ、急死しました。その3日後には、同じ千葉県でアンプル入りの風邪薬を飲んだお年寄りと15歳の少女が同じように死亡し、さらにその3日後には、静岡県伊東市の主婦(39歳)がやはりアンプル入りの風邪薬を飲んで死亡しました。日本各地で続発し、わずか1カ月の間に11人の方が亡くなって世間は大騒ぎとなり、連日のようにマスコミがとりあげました。
よく調べてみると、この年より前から、アンプル入り風邪薬による死亡は起きており、1959~1965年までの累積死亡数は50人以上にのぼりました。かろうじて命をとりとめたものの、意識混濁、失神、呼吸困難、けいれんなどの重篤な症状を示した人も多数いました。死亡者がでた原因の一つは「薬物アレルギーによるショック死」と考えられました。問題があることに気づいたらすぐに販売を中止すべきだったのに、製薬会社が利益を優先させてなかなか動かなかったことや厚生省の指導も迅速でなかったために多くの犠牲者が出てしまったと言われています。
この「アンプル入り風邪薬“事件”」をきっかけに、ピリン系の解熱鎮痛薬に対してアレルギーのある方が誤って同類の薬をのまないようにするため、ピリン系の薬を含む製品には「ピリン系」と表示して注意喚起することになりました。近年はピリン系を含んだ製品は少なくなったものの、ドラッグストアの店頭に並んだ総合感冒薬などの中に「ピリン系」と表示されたものがあるのはこういう理由によるものです。
一方「アスピリン」という薬は多くの方がご存じでしょうが、抗炎症作用によって発熱や痛みを鎮めてくれる薬です。薬局で売られている風邪薬や頭痛薬(代表的な製品名:バファリンA、エキセドリンAなど)に入っている有名な成分ですので、飲んだことがある人も多いでしょう。そして、名前の語尾が「~ピリン」となっているので、これもピリン系だと勘違いしてしまう方がいるかもしれませんね。そこで、ちょっと薬に詳しい人が「アスピリンはピリン系じゃない」という話をし始めたということです。
「アスピリンはピリン系ではない」という説明は、一見有益な情報のように思えますが、2つの点でだめなのです。
第一に、この説明の仕方だと「ピリン系にアレルギーのある人がアスピリンをのんでも平気」と受け取れますね。しかし、ピリン系にアレルギーのある人が、ピリン系じゃない薬を飲んでも大丈夫ということはありません。何らかの薬にアレルギー反応を示す方は、他の薬に対しても敏感なことがありますので、注意が必要です。アスピリンに対してアレルギーを示す方もいますので、「アスピリンなら平気」という説明はしてはいけません。
第二に、カタカナ表記の和名で見ると「アンチピリン」と「アスピリン」は、同じ「~ピリン」と思われますが、洋名で見ると全然違うのです。アンチピリンの洋名はantipyrine、アスピリンの洋名はaspirinです。しかも、英語で発音すると、それぞれ「アンティパイァリン」「アスプリン」(ともに太字がアクセントの位置)と読まれ、全然違います。ですので、「アスピリンはピリン系ではない」を洋名に置き換えると、「aspirin(アスプリン)はpyrine(パイァリン)系ではない」ということになるので、英語ネイティブの方にとっては、何を言いたいのか意味不明な話なのです。
カタカナ表記の和名だけに頼らないで
カタカナ表記の和名は、洋名の発音を正確に表現できないという限界があるために、上のような問題が起こってしまうのですが、これを解決する方法は2つあります。1つは、カタカナ表記の和名だけでなく、英字綴りの洋名も活用することです。
もう1つは、薬の名前の由来を知ることです。アスピリンのピリンと、アンチピリンなどピリン系のピリンは、まったく語源が違います。「自分の薬の名前を覚えておくメリット・丸暗記せずに覚えるコツ」で解説した通り、すべての薬に対して必ず名付け親(多くの場合、製薬メーカーの担当者)がいて、それなりの理由をもって名前を付けています。その命名の意味を知ったとき、無味乾燥だったカタカナだらけの文字列が、まるで人の名前のような鮮明なイメージをもって見えるようになるはずです。
カタカナだらけでとっつきにくい薬の名前ですが、少しでもみなさんが親しみを持って薬の名前が覚えられるように、代表的な薬の名前の由来についても、別記事で解説していきたいと思います。