明るくて前向きなママ友に出会って
1年前、知り合いのいない引っ越し先で最初に仲良くなったのが、同じ世代の子をもつママだったとサキエさん(38歳)は振り返る。「保育園から4歳と3歳の娘を連れて帰ったんですが、夏だからまだ外は少し明るい。娘がマンションの玄関前の植木に興味をもって動かなくなったので待っていたんです。そのとき話しかけてくれたのがユウリさんでした。越してきたばかりで、と挨拶したら、『部屋は離れているけど、何かあったらいつでも連絡して』と連絡先を交換、そこから親しくなりました」
サキエさんは共働きのため、夫と連絡をとりあってどちらかが保育園に迎えに行くことにしていた。毎日が時間との闘いで、年子の娘たちのどちらかがぐずり出すと収拾がつかなくなる。
「正直言って、愚痴を言う暇もなかった。夫とふたり、家事育児を含めた家庭の運営を淡々とこなしていくしかない。あと3年たったら今より楽になれるよね、というのが夫婦の合い言葉になっていました」
夫はサッカーが大好きで、自分でもやっていたが、毎週行っていた練習を半分に減らした。サキエさんはピアノにギターと弾く音楽が好き。だがその活動も今は控えている。数年後に再開することを望んでいるが、「流れに任せる」つもりでいた。
「ユウリさんは専業主婦で、趣味でアクセサリーを作っているということでした。子どもにクッキーやケーキを作ったからとくれることもあって。私はそんな余裕はないからありがたく受け取っていました。彼女は『私はサキエさんみたいに外での仕事が向いていないの。だから家で子どものためにできることをするのが私らしいと思ってる。みんな自分らしく生きなくちゃね』と言っていました。前向きで明るくていい人だけど、一方で、自分らしく生きるって何?とちょっと違和感があったのも事実です」
忙しいときはうちで子どもを預かるわよというユウリさんに甘えたこともあった。仲良くしてくれるママ友の存在は、どうしても子どもにかける時間が少ないサキエさんには貴重だった。
無理して子どもを預かっていたのに
そんなユウリさんが、土曜日に「子どもを見ててもらえないかしら」と言うようになったのは、ここ半年ほどだ。週末は家族の大事な時間なのだが、日頃からユウリさんに世話になっているサキエさんは断りづらい。「ユウリさんの夫は週末が休日ではないようなんです。だから週末は夫がいない。『実家の母が具合が悪いので介護しなければならないの。子どもがいるとどうしても足手まといになってしまって』と涙ぐんでいたので、回数を減らしてほしいと言おうと思っていたのに、いいわよ、毎週でもと言ってしまった。夫からはブーイングでしたが、しかたがないですよね」
ところがつい先日、ユウリさんのSNSをたまたま見ていたら、「趣味のダンスで発表会がありました」という投稿が。
「この半年、昔やっていたダンスを必死に練習してきた。子どものめんどうをみながらダンスを続けることがいかに大変だったか。でもママたちに言いたい。自分のやりたいことを諦めちゃだめ。なんて書いてあるわけです。ええーっとびっくりしました。SNSをさかのぼって読むと、彼女はアクセサリーデザイナーとしてかなり華やかに活躍していると自分で言ってるんですね。でも私は売っているという話は聞いたことがない。ダンスの練習は、うちに子どもを預けた土曜日にやっていたんでしょうね。何が介護だよ、と思いました」
その翌日、ユウリさんに会ったとき、サキエさんは思わず「ダンス、楽しそうね」と嫌味を言ってしまった。だがユウリさんは「平日に1時間くらい習うだけじゃ上達しないわ」としれっと言った。
「あら、発表会で大活躍だったって聞いたけどと言ったら、顔色が変わりました。率直に言ってくれればよかったんです。ダンスを習っているからって。でも介護だと言って同情を買っておいて実は趣味に時間を費やしていたというのがどうしても許せない。こっちは共働きで必死、趣味ひとつする時間がないのに」
それ以来、ユウリさんは彼女に子どもを預けなくなった。親しくなった別のママ友によれば、「ユウリさんは夫が週に1回くらいしか帰ってこないみたい、浮気なのか仕事なのかわからないけど、夫と一緒に出歩いているのも見たことがない、と。だから週末が休みではない仕事だと言っていたのかと腑に落ちました。それを聞いたら、なんだかユウリさんも大変なんだな、かわいそうだなと思ってしまったけど、まあ、うちで子どもを預かることはもうないでしょうね」
そうやって些細なことだが、新しく引っ越してきた人に話しかけては“利用する”ような態度のユウリさんは、近所でも不評だとやっとわかったとサキエさんは言う。
「私らしいとか自分らしいとか考えたこともないんです、私は。目の前のことに集中するだけ。必死に幸せを求めなくても、がんばっていればいつかいいことがある。そのくらいに思っていたほうが気楽だなとも気づきました」
今ほど子どもに手がかからなくなるまで、あと3年。その3年後はさらに楽になる。サキエさんは、それを信じて、明日も走り続けるしかないと笑った。