認知症

前頭側頭型認知症とは……性格変化、暴言や万引きなど問題行動が見られることも

【大学教授・認知症専門家が解説】「前頭側頭型認知症」では、反社会的になったり人の話を聞けなくなったりするなど、問題行動や人格変化が症状として見られます。理性や意欲、物体認識などに関与する前頭葉と側頭葉が障害されるためです。模範的な社会生活を送っていた人が、突然万引きや粗暴な言動などの問題行動を起こすようになった場合、この病気も疑い、正しいケアにつなげることが重要です。わかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

前頭側頭型認知症とは……人格変化や問題行為を伴う症状も

認知症が原因の万引き・問題行為

それまで模範的な社会生活を送っていた人が、突然万引きなどの反社会的な行動を取ってしまう……。脳機能を阻害する病気が原因の可能性もあります

前記事「認知症の原因となる神経変性疾患…パーキンソン病とびまん性レビー小体病の違い・関係」で解説したように、脳の特定の領域にある神経細胞が原因不明に徐々に死滅していく病気を総称して「神経変性疾患」と呼びます。その代表例であるアルツハイマー病では、大脳辺縁系の海馬を中心に病変が始まりますが、それとは異なって、大脳皮質の前頭葉や側頭葉を中心に病変が始まるタイプが「前頭側頭葉変性症」(Frontotemporal lobar degeneration、FTLD)です。そして、FTLDを原因として認知症が生じているケースを「前頭側頭型認知症」と呼びます。

前頭側頭型認知症の患者さんは、認知症患者全体の1~5%くらいと言われていますが、発症年齢が比較的若く、若年(65歳未満)の認知症患者に限ると20%くらいを占めるというデータもあります。また、人格の変化や言動に問題が生じ、場合によっては、万引きなどの反社会的行動に至るケースも少なくないため、社会全体で見守る必要がありますが、このタイプの認知症を正しく理解している人はとても少ないと思います。今回は、前頭側頭型認知症についてわかりやすく解説します。
 

前頭葉と側頭葉の役割・働き……感情のコントロール・理性・言語能力など

私たち人間の脳のうち、いわゆる脳のシワがたくさん入っていて、大脳の外表を覆っている部分を「大脳新皮質」と呼びます。他の動物に比べて、私たち人間はこの大脳新皮質が大きく発達したため、高度な能力をもつことができたと考えられています。大脳新皮質は、「うまく生きるための脳」です。詳しくは「人間だけが創造的になれたのはなぜか?脳で紐解く動物との違い」をご覧ください。

大脳新皮質はさらに、「前頭葉」、「頭頂葉」、「側頭葉」、「後頭葉」という4つの部分に分けられ、それぞれ異なった役割を担っています。このうち、前頭葉と側頭葉に障害が起こり発症するのが、前頭側頭型認知症です。

前頭葉の中でも特に前の方に位置している部分は、「前頭前野」とか「前頭連合野」と呼ばれ、思考・判断、意欲、注意・集中力、感情のコントロール、理性などを司っています。まさに「人間らしさ」を表す脳領域が、前頭前野と言ってよいでしょう。

前頭側頭葉変性症になると、これらの機能が失われます。具体的には「他の人からどう思われるかを気にしなくなる」「何でも口に入れる」「無欲・無関心」「注意散漫」「じっとしていられない」「人を無視または馬鹿にした態度をとる」「暴力をふるう」「他人の家に勝手にあがる」など、自己中心的・反社会的・非道徳的に見られる行動を生じます。

たまに、社会的にも優れた立場にあるような人が、突然悪びれずに万引きをしたといった事件が報道されることがあります。もちろん、それらのケースが全てこの病気のためとは言えませんが、それまでは社会的に通常のモラルを持って生活していた人が、スーパーの店頭で販売されている総菜に躊躇なく手を出して食べたり、経済的に困っているわけでもないのに万引きを繰り返すようになったり、またそれらの行動を注意されてもまったく反省の色が見られなくなったりした場合、前頭側頭葉変性症の可能性があります。

また、側頭葉は、記憶、顔および物体認識、言語などに関わっています。そのため、前頭側頭葉変性症になると、「顔や物の区別ができなくなる」「言葉が理解できない」などの記憶・言語障害が生じるようになります。前頭側頭葉変性症の方は「相手の話を聞かず一方的にしゃべる」ことがよくありますが、これは、周囲への無関心に加えて、相手の話していることが理解できないという言語障害が関係していると思われます。

初期では知的機能は保たれていますが、進行すると脳の他の部分にも障害が広がり、記憶・見当識・計算力の低下などを伴い、認知症が現れてきます。
 

前頭側頭葉変性症とピック病の違い・特徴

やや紛らわしいのですが、補足しておくと、前頭側頭型認知症に関連した病気として「ピック病」があります。

この病気の症例を最初に報告したのは、チェコの精神科医アーノルド・ピック博士です。1892年にピック博士は、言語障害が認められる患者の死後脳を調べ、大脳新皮質の前頭葉と側頭葉が著しく委縮していることを見つけました。その後、同様な症例をいくつも報告し、独特な脳萎縮症があると考えられるようになりました。脳の病変を詳しく調べたところ、変性した前頭葉や側頭葉の神経細胞内には、正常細胞には見られない、球状の異常構造物があることがわかり、「ピック球」と名付けられました。ピック球が出現して脳が委縮する病気が「ピック病」です。

ちなみに、ピック球を最初に見つけたのは、実はピック博士ではありません。アルツハイマー病を発見したドイツのアロイス・アルツハイマー博士が1911年に発見・報告したのです。また、ピック病という病名がつけられたのは、ピック博士が亡くなった2年後のことです。最初に報告した博士の功績を称えて、名前が病理像と病名につけられたのです。

さらに、その後の研究が進むと、ピック球が見られないのに、ピック病と似たように前頭葉や側頭葉が委縮するケースもあることがわかり、ピック球の有無にかかわらず、前頭葉と側頭葉を中心に神経細胞が死滅して委縮する病気を「前頭側頭型変性症」と呼ぶようになりました。したがって、ピック病は、前頭側頭葉変性症の一種であり、「前頭側頭型認知症」の原因疾患の一つということです。

ピック病の症状は、上で説明した前頭側頭葉変性症の症状と同じです。働き盛りの40~60歳に多く発症します。患者ご本人のもともとの性格からは考えられないような行動、具体的には自己中心的・反社会的・非道徳的と捉えられる言動や言語障害などが目立って現れます。

現時点では残念ながらまだ治療法がないため、介護をしながら経過を見守っていくことになります。特に若年性認知症の場合は、体が元気で力も強いため、介護も容易ではないケースも見られます。

本人も周りも病気であると気づけず、加齢に伴う性格変化などと捉えてしまった場合、適切なケアを受けられないまま万引き(窃盗)や危険運転などを繰り返し、犯罪者として扱われてしまうケースも少なくありません。もっとこの病気に関する理解が深まることを期待します。
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