認知症

認知症の原因となる神経変性疾患…アルツハイマー病とは

【認知症研究者が解説】アルツハイマー病は、認知症の原因疾患の約半数を占めると考えられています。アルツハイマー病になると記憶障害や見当識障害などの症状が見られますが、脳に見られる3つの特徴として、海馬の萎縮・老人斑・神経減線維変化が挙げられます。認知症の基本知識をわかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

アルツハイマー型認知症とは……最も多い認知症の原因疾患

アルツハイマー型認知症とは

認知症の原因として最も多いアルツハイマー病。記憶障害や見当識障害が現れます

統計によって多少の差はありますが、現在の日本の認知症高齢者では、アルツハイマー病を原因とした認知症である「アルツハイマー型認知症」の方が最も多いと言われています。

アルツハイマー病は、神経変性疾患の一つです。記憶を司る大脳辺縁系の海馬や認知機能を担当する大脳新皮質の神経細胞が、原因不明に徐々に変性・脱落していくため、記憶障害や見当識障害が先行して現れ、ほぼ100%で認知症を発症します。海馬や大脳新皮質から始まった異常が、ある程度決まった順番で他の脳領域にも広がっていくので、進行度に応じて見られる精神や行動の変化が、多くの患者さんで似ているというのも特徴の一つです。

最大の発症リスクは「年齢」とも言われ、高齢にあるほど発症率が高くなります。そのためでしょうか、アルツハイマー型認知症の方は、男性より平均寿命が長い女性の方が多いです。

アルツハイマー病という病名は聞いたことがない方を探す方が難しいくらい有名ですが、その実体をしっかり理解している人は案外少ないように思います。分かっているようであまり知られていないアルツハイマー病について、わかりやすく解説します。
 

アルツハイマー病の発見……強い嫉妬妄想に駆られた女性患者の脳解剖から

すでにご存じの方も多いかと思いますが、「アルツハイマー病」という病名は、ドイツの精神科医であるアロイス・アルツハイマー博士が発見したことに由来しています。

1901年のある日、アルツハイマー博士が勤めていた精神診療所に、アウグステ・Dさんという女性が患者として訪れました。アウグステ・Dさんには、嫉妬妄想が認められました。旦那さんが浮気をしていると盛んに訴えていたそうです。妄想ですから、実際に夫が浮気をしていたという事実はなかったのですが、それを伝えてもガンと譲らないくらい確信し、夫に対する病的な嫉妬心を示し続けていたということです。当時から認知障害の概念はあり、主に精神病の一種とみなされていたため、精神科医のアルツハイマー博士が主治医として担当したようです。また、記憶力の低下が認められ、ペン、かぎ、たばこなどの簡単なものの名前すら、聞いてもすぐに抜けてしまうという状態だったそうです。

そして、アウグステ・Dさんは、4年後の51歳の時に亡くなりました。当時すでに、脳神経変性疾患としてはパーキンソン病が先に発見されており、脳の病変とそれによって起こる機能障害に、アルツハイマー博士も興味を持っていたのでしょう。亡くなられたアウグステ・Dさんの脳を解剖して詳しく調べることにしました。その結果、脳が著しく委縮しており、それまでに知られていない特徴的な病変が見つかったのです。それをアルツハイマー博士が発表したのは、1906年11月に開催された南西ドイツ精神科医集会でした。その後、似たような症例がいくつか見つかったことで、一つの病気と認められ、それを「アルツハイマー病」と呼ぶようになったというわけです。
 

アルツハイマー病の脳に見られる3つの特徴……海馬の萎縮・老人斑・神経原線維変化

アルツハイマー博士が、アウグステ・Dさんやその他の似た患者さんに共通して見られる、特徴的な病変として報告したことをまとめたのが下の図になります。
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アルツハイマー病に特徴的な3つの脳病変(ガイド自身が作成したオリジナルのイラスト)

第一の特徴としては、脳の中でも、「海馬」の萎縮がもっとも顕著だったことです。「脳の海馬の働き・機能…記憶や空間認知力に深く関係」で解説したように、海馬は大脳辺縁系に属し、記憶の形成を担っていますから、海馬が委縮してしまうと、見たり聞いたり体験した事柄が頭に残らなくなってしまうという「記憶障害」が生じるのです。

そして、ダメージを受けた脳の部分を、化学薬品で染色して顕微鏡で観察したところ、正常な脳には見られない、ゴミのようなかたまりや、死んだ神経細胞の中に変な構造物がたまっているのが見つかりました。これらの病変を、アルツハイマー博士らは、それぞれ「老人斑」、「神経原線維変化」と名付けました。 

1)海馬の萎縮、2)老人斑、3)神経原線維変化。この特徴的な3つの病変は、今でもアルツハイマー病であると確定診断するために必要な、重要な病理所見と位置付けられています。
 

アルツハイマー病発症における3つの病変の関係

アルツハイマー博士が、アルツハイマー病を発見してから100年以上が経ちましたが、その間に、病気がどうして起こるのか、特徴的な病変の実体は何なのかなどが、たくさんの研究者によって調査されました。その結果、アルツハイマー病のことはかなり詳しく解明されてきています。

「老人斑」は、老人の脳に見られるシミのようなものという意味で名付けられましたが、これが何で出来ているかが克明に調べられた結果、アミロイド物質がたくさん溜まって、かたまりになったものであることが分かりました。そして、このアミロイド物質が悪さをして、病気を引き起こしているのではないかと考えられています。

「神経原線維」は、神経細胞の中には骨組みのようなもので、これが正常であれば、神経細胞がきちんと形を保って機能を発揮できるのですが、それが何らかの理由でおかしくなって、糸くずのようにごちゃごちゃに絡み合ったように神経細胞の中にたまって見えるのが、「神経原線維変化」です。この変化は、病気の原因というよりは、結果的に神経細胞が死ぬときにこういう異常が伴うのではないかと考えられています。

アルツハイマー病の患者さんの脳で起きている変化の時間経過を克明に調べたデータによると、特徴的な3つの病変のうち一番最初に起こるのは、アミロイド物資の蓄積と老人斑の形成のようです。次いで、神経原線維変化が起こります。そして、最終的に神経細胞が死滅していき、脳の萎縮が起こるようです。

ちなみにこのプロセスは、急に起こるわけではなく、数十年かけて起こります。例えば、70歳で発症した方の場合、もう40~50歳台のころから、脳の中では病変が始まっていたということです。しかも、少しずつ進行していくので、ほとんど気づきません。今の技術をもっても、認知症の症状が出る前に、脳の中でゆっくりと生じる変化をとらえることは難しいです。なので、おかしいなと思って病院に行ってみてもらって、「認知症ですね」と言われたときには、もう手遅れであることが多いです。いかに早くから病変に気づけるかは、大きな課題です。

また、病気の最初のきっかけが、アミロイド物質がたまることにあるーとする考えを「アミロイド仮説」といいます。この仮説が正しいかどうかはまだはっきりしていませんが、今のところ、他に有力な仮説がないので、いまはこの仮説にのっとって、治療薬の研究開発が世界中で行われています。私もその研究者のひとりです。
 

アミロイド仮説は正しいか? アデュカヌマブ承認見送りを受けて

アルツハイマー病に対する新しい治療薬候補として申請されていた「アデュカヌマブ」(バイオジェン社とエーザイ社が共同開発)について、2021年12月22日に開催された厚生労働省の薬事・食品衛生審議会の専門家部会は、「現時点のデータでは有効性を明確に判断することは困難」として承認を見送る決定をしました。アデュカヌマブは、「アミロイド仮説」においてアルツハイマー病の原因物質と目されるアミロイド物質に対する抗体薬であり、これを用いることで脳にたまったアミロイド物質が除去できて病気の進行を食い止めることができると期待されていただけに、この知らせにがっかりした関係者は多いことと思います。

アルツハイマー病治療薬の開発がなかなかうまく行かないために、研究を諦めてしまう製薬メーカーもあり、「アミロイド仮説」そのものが間違いではないかと懐疑的な意見を述べる研究者も増えています。しかし、私自身は、認知症治療薬候補の臨床試験の在り方に問題があると考えています(詳しくは、All About Newsに寄稿した「認知症治療薬「アデュカヌマブ」承認見送りの背景と課題」」をご覧ください)。「アミロイド仮説」を中心とした治療薬研究は続けていくべきだと思います。
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