神経変性疾患とは……認知症をもたらす数多くの原因疾患
手の震えなどが見られるパーキンソン病も、認知症の原因となる神経変性疾患の一つです
たとえば、「高熱」「倦怠感」は病名ではなく、それらの症状がある場合は、原因を探るべく検査を行って「A型インフルエンザ」などの原因疾患が同定されます。これと同じように、「認知症」という症状に対しても、経過や各種検査の結果を踏まえて、その原因疾患が推定されます。認知症をもたらす原因疾患は、実にたくさんあり、数十種類を超えますが、その約70%が「神経変性疾患」と言われています。
「神経変性疾患」は、脳や脊髄にある神経細胞の中で、ある特定の神経細胞群が原因不明に徐々にダメージを受けて、変性・脱落(死滅)してしまう病気の総称です。より具体的には、パーキンソン病、びまん性レビー小体病、アルツハイマー病、ピック病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脊髄小脳変性症などが知られています。脳の一部の神経細胞が死滅して萎縮が起こり、進行するとその変化が他の部位にも広がっていく点では同じですが、最初に変性が起こる脳の場所や発症原因が異なり、変性・脱落する神経細胞群がもっていた役割に応じて、現われる症状も違います。
たとえば、運動機能を調節する脳部位の神経細胞が変性する「パーキンソン病」では、スムーズに運動ができなくなるという症状が主に現れます。パーキンソン病が進行すると、認知症が出てくることもあります。パーキンソン病と似た病変を示すものの、変性する脳部位が主に大脳皮質であり、精神症状や認知症が先行するのが、「びまん性レビー小体病」です。主に小脳の神経細胞が変性する「脊髄小脳変性症」では、体のバランスがとりにくくなるという症状が現れます。運動神経細胞が変性する「筋委縮性側索硬化症(ALS)」では、手足の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて筋力が失われていきます。そして、認知機能に関係する神経細胞が変性する「アルツハイマー病」や「ピック病」では、認知症が現れるのです。
今回は特に、認知症の原因となりうる「パーキンソン病」と「びまん性レビー小体病」に焦点をあてます。両者は、共通した発症機序をもちながら、現われてくる症状に違いがあり、認知症を引き起こす経過も異なります。似て非なる2つの病気が区別できるように、詳しく解説します。
パーキンソン病とは……最初に見つかった神経変性疾患
現在までに報告されてきた数々の神経変性疾患のうち、歴史上最初に明らかにされたのは、実はパーキンソン病です。1800年代初頭に、ジェームス・パーキンソンというイギリスの外科医が、手の震えが徐々にひどくなって仕事ができなくなった庭師がいると伝え聞き、他にも似た症状の者がいないか調べ、同じような症状を示す6人の様子を長期間にわたり詳細に記載した症例記録が、発見されるきっかけでした。パーキンソン病と言う病名はその功績が称えられて付けられたものです。
なお、パーキンソン病を発症した方として有名なのは、元ボクシングヘビー級チャンピオンのモハメド・アリさんや、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の主演俳優マイケル・J・フォックスさん、でしょうか。モハメド・アリさんについては、1996年に開催されたアトランタ五輪の開会式で、最終聖火ランナーとして登場し、震える手で聖火台に点火するのを見て、私自身とても感動を覚えたのを今でも思い出します。アリさんは、自分がパーキンソン病に負けずに戦っている姿を世界中の人々に見せようとしたのだと聞きました。また、マイケル・J・フォックスさんは、1990年ごろ30歳のときにパーキンソン病を発症したそうですが、いまも存命で、自らパーキンソン病とたたかい続けながら、パーキンソン病の研究助成活動をはじめ、財団を設立して治療法の確立に尽力されているそうです。
パーキンソン病から見つかった「レビー小体」
パーキンソン病の発見者は、イギリスの外科医ジェームス・パーキンソンであることに間違いはありませんが、現在のように病気の本体が解明され、治療法の開発研究が大きく進んでくるまでには、他の学者たちが大きく貢献しました。パーキンソンが、手の震えがだんだんひどくなる難病の6人を報告したのは、『AN ESSAY ON THE SHAKING PALSY(振戦麻痺に関するエッセイ)』という小冊子でしたが、この功績が評価される前に、パーキンソンは1824年に69歳で亡くなり、この発見の重要性に誰も気づかず、長らく埋もれたままになっていました。しかし、およそ60年後、フランス・パリのサルペトリエール病院のジャン・マルタン・シャルコー教授が、このパーキンソンの発見の重要性に気づきました。当時のフランスにパーキンソンの原著は1冊もなく、シャルコーは英国マンチェスターの図書館から取り寄せて読み、感銘を受けたそうです。そして、シャルコー教授は、「振戦」に加えて、「固縮」「動作緩慢」「姿勢反射障害」を四大徴候とする特有の疾患を「パーキンソン病」と呼ぶことを提唱しました。
有名な教授が、病名をつけて、パーキンソンの功績をたたえたことから、パーキンソン病は多くの研究者の興味を集め、一気に研究が進んだというわけです。
その後、パーキンソン病の患者さんが亡くなった後に、脳を解剖して詳しく調べたところ、神経細胞の中に、丸い形をした異常な構造物が見つかりました。正常な神経細胞には見られないものだったので、これがパーキンソン病を引き起こす原因なのかもしれないと注目を集めました。ちなみに、この異常な構造物を発見したのは、ドイツ生まれのユダヤ人で、アメリカで研究者として活躍した神経学者のフレデリック・レビーで、1913年のことでした。
また、1919年には、ロシアの神経病理学者のコンスタンティン・トレティアコフが、パーキンソン病の責任病変が中脳の「黒質」という部分にあると発表しました。
「脳幹の機能……生命維持に欠かせない脳幹の構造とはたらき」で解説したように、中脳は、脳幹の一部であり、体の動きを調節したり、視覚や聴覚の中継点としての役割を果たしています。さらに中脳の中に含まれる「黒質」と呼ばれる部分には、メラニンをたくさん含んだ神経細胞が分布しており、体をスムーズに動かすための調節機能を担っています。パーキンソン病では、このように運動調節の役割を果たす中脳の黒質にある神経細胞に限って、異常な構造体が出現して、その神経細胞が死滅していくことで、手足が震えたり、固まって動きにくくなり、運動がスムーズにいかないという症状がでることが明らかにされたのです。そして、レビーが発見した構造体の重要性に気づいたトレティアコフが、これを「レビー小体」と呼ぼうと提唱しました。
もうお分かりだと思いますが、認知症の原因となる「レビー小体病」は、このレビー小体に関連した病気です。そして、このレビー小体という物体が、もともとはパーキンソン病で見つかったものだということはよく知っておいてください。
パーキンソン病はレビー小体病の一種
研究が進むと、また違ったことが分かってきました。先ほどから説明しているように、中脳の黒質の神経細胞内にレビー小体ができて、手足が震えたり運動がスムーズにいかなくなるのが、パーキンソン病です。ところが、いろいろな患者さん脳を調べていくうちに、大脳皮質の神経細胞内にもレビー小体が出現している患者さんがたくさん見つかるようになってきました。一体どういうことでしょうか、さらに詳しく調べてみると、大脳皮質にレビー小体が見つかるケースにも2種類あることがわかりました。1つは、中脳黒質にもレビー小体が見られるケースで、おそらく中脳黒質から始まった異常が、進行するにつれて脳全体にだんだん広がっていき、大脳皮質の神経細胞内にもレビー小体が出現するようになったと考えられるケースです。この場合は、はじめから運動障害がでていて、進行すると他の症状も伴うようになるので、あくまで「パーキンソン病」であり、それが進行して大脳皮質にも異常が及んだだけとみなせます。
もう一つのケースは、中脳黒質にレビー小体は見られないのに、なぜか大脳皮質の神経細胞にレビー小体が出現するケースです。中脳黒質に異常がないのですから、これはパーキンソン病ではありません。パーキンソン病ではないけれど、レビー小体ができる病気という意味で、新たな疾患分類が提唱されました。具体的にはこのようなケースを、パーキンソン病から区別して、「びまん性レビー小体病」と呼ぼうということになりました。
びまん性レビー小体病という概念の確立に貢献した日本人
日本の小阪憲治博士は、1976年に、大脳皮質にも多数のレビー小体が出現する症例を報告し、その後1980年に、「レビー小体病」という新しい疾患名を提唱しました。そして、さらに詳しく症例研究を続けた結果、1984年には、上で紹介した「びまん性レビー小体病」という疾患分類を提唱しました。ちなみに、「びまん性」は、すべて漢字で書くと「弥(瀰)漫性」です。病変が特定の1か所だけでなく、広範囲に広がっていて限定できない様のことで、拡散性とか広汎性と、同じ意味です。ですので、「びまん性レビー小体病」という病名は、脳の特定の場所ではなく、広い範囲にレビー小体が出現するような病気と言う意味になります。
レビー小体型認知症とは…パーキンソン病やびまん性レビー小体病が進行して生じるもの
整理すると、現在までに新たに確立された病気の分類としては、こうなります。パーキンソン病は、レビー小体が出現する、広い意味でのレビー小体病の一種です。パーキンソン病の場合、レビー小体が中脳黒質に出現しますが、それとは異なり、大脳皮質に多数のレビー小体が出現するケースもあり、「びまん性レビー小体病」と呼ばれて区別されます。
症状については、パーキンソン病の場合は、まず最初に運動がスムーズにいかないという障害が現れ、それだけでは認知症は関係ありませんが、パーキンソン病が進行して、海馬や大脳皮質にまでダメージが拡がった場合には、記憶・認知障害が現れることとなり、認知症につながることもあります。
一方の、びまん性レビー小体病では、大脳皮質の中でも特に視覚に関係した脳領域にレビー小体が出現してくるため、存在しないものが実在するかのようにリアルに見えてしまう、いわゆる「幻視」が特徴に現れます。統合失調症のような精神症状を示す人もいます。それでも記憶障害はあまり見られません。進行してくると、徐々に記憶・認知障害を伴うようになり、認知症につながります。運動障害については、比較的初期で現れる人もいますが、中には、認知症が現れても、運動障害を示さない方もいる点で、パーキンソン病とは異なります。
そして、パーキンソン病とびまん性レビー小体病のいずれの場合も、進行して記憶・認知障害が現れた時点で、それを「レビー小体型認知症」と呼ぶというわけです。