せん妄は仮性認知症の一つ……認知症との違いは?
せん妄による幻覚や妄想。興奮や錯乱などの情緒の異常がみられることもありますが、認知症と異なり多くは一過性です
「認知症と誤解されやすい高齢者のうつ病…違い・見分け方は?」では、「仮性認知症」に関連する病状としてうつ病をとりあげましたが、認知症と間違えられやすいもう一つの病状として、「せん妄(せんもう)」が知られています。
もしご家族が「認知症かな」と思ったときに、認知症とせん妄の違いを知っておくと役立つと思われますので、今回は「せん妄」のなりたちと対処法、認知症の関係について解説します。
「せん妄」は漢字は「譫妄」…「われを忘れて意味不明のことを言いだすこと」
「せん妄」は、精神機能障害の一種で、場所や時間を認識する見当識や覚醒レベルに異常が生じ、突発的に精神不安定な状態になる症状のことをさします。漢字で「譫妄」と表記されることもありますが、とくに「譫」は書くのが難しいので、今は「せん」を平仮名で表して書くのが普通です。ただし、あてられている漢字にも、もちろん意味があります。
「譫」という漢字は、「たわごとやうわごとのように、とりとめもなくしゃべる言葉」を意味します。改めて漢字をよく見ると、ごんべんに加えて、右のたれの中にも「言」が入っていますね。「妄」は、「われを忘れたふるまいをする様子」のことです。改めて漢字をよく見ると、「忘」と同じ「亡」が入っていますね。なので、この2つの漢字を合わせた「譫妄」は、もともと「われを忘れて意味不明のことを言いだすこと」という意味がこめられて作られた用語です。
せん妄とは……突然起こる、幻覚・妄想、情緒や気分の異常
せん妄では、幻覚・妄想などの他、興奮、錯乱、活動性の低下といった情緒や気分の異常が突然引き起こされますが、これらは病状の一側面にすぎず、その根底にあるのは、軽く混濁した意識障害です。脳卒中のように、完全に意識を失って倒れるというような意識障害ではなくて、居眠りをするような感じで、だんだんと感覚が薄れて、朦朧としたような状態になると想像していただけると分かりやすいかと思います。せん妄は、普通、一過性に生じるもので、認知症のように持続性はありません。ただし、居眠りから目覚めたときのように、発症して数時間で元の覚醒状態に戻ると言うわけではなく、短くても数日、長ければ数か月も続くことがあります。認知症に伴うこともありますが、認知症とは関係なく、加齢に伴い、せん妄になる方は少なからずいらっしゃいます。
より理解を深めていただくために、せん妄で認められる具体的な変化を例示しましょう。
例1:ぼんやりしていて、呼びかけに応じない
眠っているわけでもないのに、たとえば「おばあちゃん」と呼び掛けても返事がない。こんな場合はせん妄かもしれません。せん妄になると、意識が混濁して、周囲の音が聞こえなくなるからです。例2:言うことのつじつまが合わず、おかしなことを訴える
みなさんもボーっとしているときは、頭がうまく働かなくて、おかしなことを言ったりやってしまったりすることってありますよね。それと同じで、せん妄の状態にあるときは、見当識障害から始まり、注意力や思考力が低下して、理解不能な話をすることがあります。例3:物忘れがひどく、「ぼけ」てしまったように見える
せん妄の患者さんが認知症と間違えられることがあるのは、このためです。しかし、せん妄が起きている間に一時的な記憶障害があっても、それは認知症とはみなされません。そもそも認知症の記憶障害は、脳の器質的な障害によって生じる持続的な変化であり、区別されるからです。例4:夜眠らずに興奮したり、昼夜逆転になっている
せん妄になると、見当識障害が現れ、時間間隔がおかしくなるためです。せん妄の症状は、一日の間で変動し、夕方から夜間に発生もしくは悪化することが多いです。健康な人でも、夕方になると眠たくなってうとうとしてしまうことがあるように、覚醒レベルには日内変動があります。体内時計の働きによって、日中、日光を浴びているとはしゃきっと覚醒し、日が沈んで夜になると眠たくなるのが普通ですから、高齢者の方の意識が夕方から夜間に混濁しやすくなるのは、それほど不思議なことではありません。ただ、その意識混濁が興奮や錯乱をもたらし、夜間の暴言・暴力や徘徊などにつながる点が問題です。
例5:病院や施設で急に怒り出して、点滴やチューブを自分で抜いてしまったりして、安静が保てない
病院や施設で何らかの治療を受けている方がせん妄を生じた場合、錯乱状態に陥って転倒したり、治療に必要な点滴の針やチューブを自分で抜いてしまうなどのトラブルを引き起こすこともあります。これは、意識が混濁している中で、自分の置かれている状況が判断できなくなったり、感情をうまくコントロールできなくなるために現れるものと思われます。せん妄の原因……脳神経疾患や肺炎・腎不全などの病気・手術後・ストレスなど
年齢が高くなるほど、せん妄の発症率は高くなります。特に、認知症、脳卒中、パーキンソン病などの脳神経疾患の高齢者は、ちょっとした体調の変化がきっかけとなって、突然発症することがあります。また、若年者でも高熱、肺炎、腎不全などの病気を発症したときに、せん妄を起こすこともあります。また、環境的な変化によるストレスが発症の引き金になることもあり、たとえば病院の集中治療室(ICU)のような閉ざされた環境で入院している方が、手術後にせん妄を発症することもあります。また、鎮静薬や催眠薬、抗うつ薬、抗菌薬、ステロイド薬、胃潰瘍治療薬(H2ブロッカー)など、実にたくさんの薬の副作用として生じることもあります。
せん妄の予防法・治療法……薬の調整やストレスの提言など
高齢者の場合、多くの方が基礎疾患の治療などのために多くの薬を飲んでいることでしょう。副作用としてせん妄を生じることが知られている薬はたくさんありますから、せん妄がみられた場合、まずはせん妄の原因となりうる薬剤が使われていないかを疑う必要があります。自分で判断することは難しいですから、担当の医師や薬剤師に、薬の変更ができないか相談してみてください。加えて、せん妄は、環境の変化によって誘発されますから、その方が落ち着いてストレスなく過ごすことができる環境を整え、日常と変わらず昼夜の区別がつく状態をつくってあげることも大切です。
明らかに病気が原因の場合は、それぞれの病気に対する治療を行うことによって、せん妄が軽減されます。
認知症とせん妄の関係……家族や介護者は病状について正しい理解を
せん妄は、認知症と間違われることもありますが、一過性か持続的か、見当識障害や記憶障害があっても意識障害が先行しているかどうかなどを見極めれば、鑑別はそれほど難しくありません。しかし、せん妄は、認知症と無縁ではありません。認知症の方が、周辺症状の一つとしてせん妄を示すことがありますし、夜間せん妄が徘徊などの行動異常の引き金になっていることは少なくありません。
そして何より、せん妄も認知症も、患者さんの心の状態に大きく左右される点では共通しています。これらの病状の成り立ちを深く理解し、周囲の方が適切に対応することが患者さんにとっての大きな救いとなることを知ってほしいと思います。