認知機能とは……例えばバラを見て、バラの花だと分かること
認知症の本質は「メタ認知の障害」です。認知症初期の不安や焦りが進行とともに失われることは、珍しくありません
一般に、認知機能には、理解力、判断力、記憶力などが含まれます。改めて「認知」の意味を国語辞典で調べてみると、「ある事柄や物が何であるかをはっきりと理解し認めること」のように説明されています。たとえば、あなたがバラの花を見せられて「これは何ですか」とたずねられたときに、何だか分からなかったとしたら、バラの花であることを「認知」できなかったということになります。認知症の方では、認知機能が低下して、このようなことが頻繁に起こるようになり、日常生活に支障が生じます。
しかし、認知症で問題になるのは、事柄や物が認められないことだけではありません。もっと重大なのは「メタ認知力」の低下です。認知症の本質を理解するために必要なキーワードである「メタ認知力」について、分かりやすく解説します。
メタ認知力とは……「分かる・分からない」が分かること
上の例のように、見せられた物が何だか分からなかったときには、普通は「分かりません」と答えるでしょう。この場合、その物を「認知できなかった」ことになりますが、「メタ認知」はできていると言えます。ずばり「メタ認知」は、「自分が認知できているかどうかを認知する」ことです。自分が分からないと認めることができて、「分かりません」と答えることができれば、メタ認知力は備わっているということです。もちろん、事柄や物が分からないのは好ましくはないですが、分からないと認めることができれば、人にたずねて教えてもらうとか、自分で資料を使って調べることで解決できますので、実際の生活で大きな問題になることはむしろ少ないのです。
認知症が進行すると、バラの花を見せられたときにそれが何であるか本当は分かっていないのに、「分かりません」とは答えず、まったく違うものの名前を何のためらいもなく答えたりします。「自分が分かっていないことが認められない」つまり「メタ認知力」が失われているためです。見当外れなことを答えたとしても、決して、ふざけて間違えたり、ウソをつこうとしているわけではありません。分かっていないということが分からず、頭に思い浮かんだことをそのまま口にしているだけなのです。
病院における問診でも、医師から「どうされましたか」とたずねられたときに、「最近物忘れが激しくて心配です」というように自分の病状を説明しようとされる方は、実はあまり心配いらないのです。明らかに言動におかしなところがあるのに、「何にも問題ないです」「全然大丈夫ですよ」と答える方が重症と疑うべきなのです。
メタ認知力が失われると、自分の病状や異常を認めることができませんので、自力で治療に取り組むことは難しくなります。認知症の対応に周囲の介助が必要不可欠になる理由は、ここにあります。
認知症の進行による精神的安定は、メタ認知力の低下が原因
認知症には、不安、焦燥、抑うつなどの精神症状を伴うことがあり、それが家族など周囲の人とのトラブルにつながることがあります。意外かもしれませんが、こうした精神症状は、比較的軽症の方に現れやすく、重症になるとむしろ減ることが多いです。認知症は、ある日突然起こるわけではありません。長い年月をかけて徐々に脳が変化することで生じるので、その経過の中で、最初に異変に気付くのはたいてい本人です。「認知症に自分で気づくことはできない」と言われることがありますが、それは正しくありません。
初期段階では、まだメタ認知力が保たれているため、自分のことが分かります。そのため、ご本人が異変に気づいていても、「恥ずかしい」「迷惑をかけたくない」と考えて隠そうとしたり、「何とかなる」と自分に言い聞かせてがんばろうとします。そのことが、不眠やうつ症状につながるのです。また、周囲からずばり「認知症かも」と指摘されると、認めたくないという気持ちから素直になれず、家族との関係が悪化する場合もあります。
認知症が進行すると、メタ認知力が低下します。そうすると、自分のことが分からなくなるので、むしろ不安や焦りは減り、良くなったように見えることもあります。しかし、実際には逆です。脳の機能が衰えたために、不安や焦りさえ感じなくなるのです。
いつも明るくよくおしゃべりし、会話の受け答えが早い方を見て、多くの方が「認知症じゃない」と思うでしょう。しかし、受け答えがすごく早いのは、頭の回転が早いからではなく、メタ認知ができないため、ちゃんと考えないで反射的に発話しているためです。
認知症の本質を決めているのはメタ認知力であるということを是非理解したうえで、認知症の方に接しましょう。