脳科学・脳の健康

吊り橋効果で記憶力が上がる?強い体験ほど忘れない理由

【脳科学者が解説】記憶は一様ではありません。特に嬉しかったことや怖かった体験などは、忘れずによく覚えているものです。感情の強さによって記憶が強くなる理由について、私自身が行ってきた研究を交えながら、わかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

吊り橋効果とは? 恋愛感情だけでなく、記憶力との関係も

吊り橋効果とは

「吊り橋効果」で恋愛感情を抱きやすくなる? 実は感情の強さで、記憶力も変わることが報告されています

みなさんは、心理学用語の「吊り橋効果」をご存知でしょうか。

吊り橋の上のような不安や恐怖を感じる場所で出会った人同士は、恋愛感情を抱きやすくなるという心理効果のことです。この心理は、恐怖感からくるドキドキを、恋のドキドキと勘違いしてしまうためだと説明されています。1974年にカナダのブリティッシュコロンビア大学のドナルド・G・ダットンとアーサー・アーロンが出した ”Some evidence for heightened sexual attraction under conditions of high anxiety”という表題の学術論文(※1)が元になっています。

なお、この吊り橋効果には続きがあります。「恐怖感や緊張感を伴う体験は、記憶されやすい」というものです。元々の吊り橋効果とは、少し視点が違うのですが、感情と記憶の関係を考えるために時折引用されます。

確かに、私たち自身の体験からも明らかなように、記憶は一様ではありませんね。何気なく通り過ぎて行った普通の出来事よりも、とくに嬉しかったこととか怖かったことなど、感情を伴う出来事の方がよく覚えているものです。しかし、どうして感情と記憶が結びついているのでしょうか。

私自身この疑問に取り組むべく、大学の研究室で実験研究を行ってきました。今回は、その一端を紹介させていただくことで、感情と記憶を関連付ける脳の秘密に迫ってみたいと思います。
 

海馬と扁桃体の関係から考える、感情と記憶の関係

脳の海馬の働き・機能…記憶や空間認知力に深く関係」で詳しく解説しましたが、私たちの脳の中で、体験した出来事を記憶するために働く脳部位が「海馬」です。一方、「人の好き嫌いはなぜ変わる?恋愛の行方も決める「扁桃体」で解説した通り、喜怒哀楽の感情によって生じる体や心の反応(情動)に関わっている脳部位が「扁桃体」です。ということは、記憶と感情がむすびつくときには、脳の中で海馬と扁桃体が何らかの影響を及ぼしあっているはずです。

アメリカ・カリフォルニア大学アーバイン校のジェームス・L・マッコー博士の研究グループは、海馬における記憶形成の過程に扁桃体が影響を与えると考え、ネズミを使った色々な学習実験を行い、ネズミの行動で示される記憶力が扁桃体への損傷や薬物投与によってどのように変化するかを精力的に研究していました(※2)。その論文を読んだ私の研究グループでは、この仮説をより直接的に証明するために、麻酔をかけたネズミの脳内のシナプス伝達の変化を測定する技術(※3)を使いました。

まず、麻酔をかけたネズミの海馬に細い金属の針を刺し入れて、シナプス伝達に伴う電気信号の変化を記録し、記憶形成に関係する海馬の働きを調べました。扁桃体が正常な動物に比べて、扁桃体の損傷を受けた動物では、記憶形成に関係する海馬の働きが弱くなっていることが分かりました(※4)。扁桃体に局所麻酔薬を注入して電気活動を抑えたときも、同じ結果が出ました(※5)。逆に、扁桃体に金属の針を入れて微弱な電流で刺激したときには、記憶形成に関係する海馬の働きが強まりました(※6)。こうして、私の研究グループは、扁桃体の活動に応じて、海馬におけるシナプス伝達の仕組みが変化することを実証しました。
 

恋愛や恐怖感…ドキドキの正体はドーパミンか

情動には様々な神経伝達物質が関わっていると言われていますが、その中でも「ドーパミン」は多くの注目を集めています。いくつかの脳領域に存在していて、運動の調節、ホルモン分泌の調節、快楽の感情、意欲などに関わることが知られています。

2015年に理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センターがロンドン大学などと行った共同研究(※7)によると、熱愛中の平均年齢27歳の男女10人を対象に「恋人」と「恋人と同性の友人」の写真をみせた際の脳内のドーパミンの放出の違いを陽電子放射断層撮影(PET)で測定したところ、恋人の写真をみせたときにドーパミンを放出する神経が活性化することが確認できたそうです。恋するドキドキの正体は、やはりドーパミンのようです。

私の研究グループでは、上述の技術を発展させて、麻酔したネズミの扁桃体を刺激したときに海馬で起こるシナプス伝達の電気信号を記録することに成功しました(※8)。そして、ドーパミンの働きを邪魔する作用のある薬を与えておくと、この扁桃体から海馬への信号が弱まることを発見しました(※9)。具体的のドーパミンが脳のどこでどのようにして働いているかはまだ明らかにできていませんが、感情の変化に伴うドーパミンの働きが、記憶力を高めていると考えてよさそうです。
 

感情と記憶の結びつきは、たくましく生きていくために必要なこと

海馬と扁桃体は、ともに「たくましく生きるための脳」である大脳辺縁系に属します。つまり、人間特有の脳ではなく、弱肉強食の世界を生き抜いてきた野生動物が身につけた脳の働きです。

上で解説した実験研究がネズミを使って行われたことに対して「ネズミを使って調べても人間のことはわからないのでは?」と疑問を感じていた方もいるかもしれません。しかし、私たち人間とネズミでは、大脳辺縁系に大きな違いはありません。ネズミなどの哺乳動物で発達したものを、私たち人間も引き継いだということです。ですので、ネズミの海馬や扁桃体に関する実験結果は、私たち人間にもあてはまると考えてよいのです。

大きな感情の動きを伴う出来事は、ときに私たちの生命を脅かすものかもしれません。そうした大事なことはしっかり覚えておく必要があるので、扁桃体から海馬への働きかけによって、記憶力が高まるしくみが用意されているに違いありません。

突き詰めて考えると、恋愛のドキドキも、私たち人間が子孫を繁栄させていくためにも必要なものでしょう。そのためにドーパミンが働いているのかもしれませんね。

■参考文献・論文
※1. J Pers Soc Psychol, 30(4): 510-517, 1974
※2. 総説論文:Proc Natl Acad Sci USA, 93(24): 13508-13514, 1996
※3. Neurosci Res, 12(3): 403-411, 1991
※4. Brain Res, 656(1): 157-164, 1994
※5. Brain Res, 671(2): 351-354, 1995
※6. Neurosci Res, 22(2): 203-207, 1995
※7. Front Hum Neurosci, 9: 191, 2015 
※8. Biol Pharm Bull, 26(11): 1560-1562, 2003
※9.Neuropharmacology, 55(8): 1419-1424, 2008
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