依存症

麻薬とは何か?麻薬という言葉が持つ3つの意味

【薬学部教授が解説】「麻薬」は強力な鎮痛作用を持ち、緩和医療に欠かせない有益な薬でもあります。しかし正しく使われず乱用されれば、薬自体は違法ではなくても、薬物問題につながります。麻薬とはそもそも何なのか、議論に混乱が生じるのは、実は定義がはっきりしていないためでもあります。麻薬という言葉の意味と歴史について解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

麻薬とは何か……病気治療の医薬品か、違法薬物か?

医薬品として使われる麻薬・モルヒネ

「麻薬」は有益な医薬品でしょうか?違法薬物でしょうか? 実は麻薬という言葉の定義はあいまいです

「モルヒネは薬理作用上も法律上も麻薬だが、大麻は薬理作用上も法律上も麻薬ではない」といった話を聞いて、どれくらいの人が正しく理解することができるでしょうか?

私は、医薬品の作用を扱う「薬理学」という薬学専門科目を大学の授業で教えています。その中で、どう教えればいいのかずっと悩み続けているのが、「麻薬」です。病気の治療に役立つ医薬品の側面から見ると、麻薬は、強力な鎮痛作用をもち、末期がんに伴う辛い痛みを抑えてくれるため、緩和医療には欠かせない有益な薬です。しかし、薬物問題の側面から見ると、麻薬は、違法な薬物と捉えられがちです。こうした混乱が生じているのは、そもそも「麻薬」という言葉の定義がはっきりしていないからです。

たかが言葉、されど言葉。薬物問題を語るうえで、「麻薬」という言葉の意味をしっかり理解しておくことは非常に重要です。
 

麻薬のもつ複数の意味……あてられる漢字の意味とイメージ

麻薬

麻薬という言葉には、異なる漢字で表せる3つの意味がある

現在我々が用いている「麻薬」には、おそらく3つの異なる意味があると考えられます。そして、それぞれに漢字をあてはめるならば、右に示したような3つの字で表すことができるでしょう。特に1と2に含まれる「マ」の漢字は、ほとんどの方が馴染みないことでしょう。

それぞれの漢字は何を意味するのか。証拠となる資料を交えながら歴史を辿り、その種明かしをしたいと思います。そして、今後みなさんが麻薬という言葉を見聞きするときには、1~3のどれを指しているかを意識して区別できるようになっていただきたいと思います。
 

1. 「神経をしびれさせる薬」の意味……アヘンやモルヒネ類の化合物

しびれるマ

しびれるという意味のマ

この漢字は、今では使われていない旧漢字です。1915~1919年(大正4~8年)に編纂された戦前の代表的辞書である『大日本國語辭典』の第5巻(国立国会図書館デジタルライブラリー)を見てみましょう。ちょっと面倒かもしれませんが、183コマ目の画像を開くと、右下の辺りに「まやく」が掲載されており、この漢字が使われているのが確認できますね。そして、その意味は「しびれぐすり」と書かれています。この漢字が「しびれる」を意味することは、同じ資料の177コマ目の「まひ」に同じ字が使われていることからも確認できます。したがって、「神経をしびれさせる薬」が、本来の麻薬なのです。代表として挙げられるのは、アヘンやモルヒネ類の化合物です。

私たち人類は、ケシの未熟な実(いわゆるケシ坊主)に傷をつけて得られる白い乳液を乾燥させたものをアヘン(阿片、opium)と呼びます。このアヘンを使用すると神経がしびれて感覚が鈍くなったり意識が薄れて眠くなることを見つけて、睡眠薬や麻酔薬として使うようになりました。その歴史は非常に古く、紀元前4000年ごろには古代スメリア人がすでに使っていたという記録があります。

アヘンは植物由来の粗成分で多数の化合物が含まれますが、19世紀初めにドイツの薬剤師であるフリードリヒ・ゼルチュルナーがアヘンから有効成分を初めて単離しました。単離された化合物は、ギリシャ神話に登場する眠りの神ヒプノス(Hypnos)の子である夢の神モルペウス(Morpheus)にちなみ、モルフィウム(morphium)と名付けられ、のちに「モルヒネ」と呼ばれるようになりました。

ちなみに、睡眠薬のことを英語で hypnotics と言いますが、お気づきの通り、眠りの神ヒプノスに由来しています。映画『マトリックス』シリーズに登場するモーフィアスという人物は、夢の神モルペウスにヒントを得たものと思われます。

モルヒネには強力な鎮痛作用があったので、医薬品として広く用いられるようになりました。その後、アヘンから、モルヒネ以外にも、コデインなどの薬効成分が多数発見されました。さらに、化学の進歩に伴い、アヘンから単離されたモルヒネやコデインを原料として、少し手を加えることで合成薬物が多数作られるようになりました。その一つが、ヘロイン(ジアセチルモルヒネ)です。これらの薬の詳細は別記事で紹介しましょう。

麻薬は、英語で narcotics または narcotic drugs といい、麻酔作用や催眠作用のある薬をさします。ですので、やはり「神経をしびれさせる薬」が、本来の麻薬の意味です。ところが、第二次世界大戦後に、日常的に使用する漢字の字体を整理しようという試みの中で、上述の旧漢字が「麻」に替えられてしまい、混乱を招くことになったのです。
 

2. 厳しく規制すべきものを指す意味……コカイン、大麻なども該当

あさ

あさ(大麻草)を意味するマ

2つめの漢字も旧漢字ですが、1つめのマが「やまいだれ」を部首とする漢字だったのに対して、これは「まだれ」の漢字です。今使われている「麻」と似ていますが、たれの中の字体が違うのに注意してください。その由来は、『大日本國語辭典』の第1巻(国立国会図書館デジタルライブラリー)で確認できますので、見てください。38コマ目の「あさ」のところでこの漢字が使われていることから分かるように、この漢字は、もともと日本では繊維をとるために利用されていた大麻草を意味する漢字でした。しかし、薬物規制の法律を整備しようとする試みの中で、1つめのマ薬とは違う意味でのマ薬という造語が生まれ、この漢字が当て字として使われたのです。その経緯を解説しましょう。

日本で最初に、薬物の使用やそれを助長する行為が公衆の健康を損なう「罪」であると規定したのは、1907(明治40)年4月24日に公布された『刑法』(明治40年法律第45号:明治41年11月施行)です。その第2編第14章(第136条~141条)には「あへん煙に関する罪」が定められています。当時中国では、あへん煙膏を特殊なキセルに塗って炎にかざし、出てきた煙を吸引するのが上流階級の一つのスタイルになっており、その情報を得た日本では、あへん煙膏を禁じようとしたのでした。実際のところ当時の日本ではアヘン乱用は問題になっていなかったようなので、隣国の様子を憂えて用意された法律規定と考えられます。なお、この時点で、まだマヤクという用語は使われていませんでした。

1909年2月には、日本を含む13カ国による万国阿片委員会が上海で開かれ、主に中国におけるアヘンの問題が協議されました。さらに、1911年12月オランダのハーグにおいて万国阿片会議が開催され、1912年1月に『万国阿片条約』が調印されましたが、大半の国が批准せず、機能しませんでした。改めて統制を進めるため、1924~1925年にジュネーブ国際阿片会議が開催され、この会議条約に沿った国内法の整備が行われることとなり、日本の現行薬物五法のルーツとなる『マ薬取締規則(昭和5年5月19日内務省令第17号)』が1930(昭和5)年5月に制定されました。

この規則の制定を知らせる昭和5年5月19日の官報が 国立国会図書館デジタルコレクションで確認できるので、見てください。ここでマヤクのマに使われたのは、大麻草を意味する、まだれの旧漢字のマでした。当時、国際会議で協議されていたのはアヘンが中心でしたから、やまいだれのマを使えばよさそうなものですが、そうなっていないのはなぜでしょうか。実は、この法令で規制対象とされた薬物には、モルヒネ、ヘロイン以外に、コカイン、エクゴニン(コカインの原料となる)、大麻(印度大麻草)などが含まれていたのです。

ちなみに、コカインは、南米産のコカノキの葉に含まれる化合物で、脳の神経を興奮させる作用が強く、どちらかというと覚醒剤に近いものです。つまり、アヘンと同類のしびれ薬とは言えない薬物も一緒にまとめて規制するためには、違う言葉を使うべきだろうと考えられたのかもしれません。そこで、苦肉の策として、やまいだれではない、まだれのマを当てて、新しい「マ薬」を定義しようとしたのではないかと推察されます。そして、それは、しびれ薬でもなく、大麻でもなく、「厳しく規制すべき一群の薬物」を漠然とさす言葉となったのです。

そして、第二次世界大戦後の旧漢字の整理において、こちらのマも「麻」に替えられ、やまいだれとまだれのマが区別つかなくなったのです。

現在の日本で、法律上の麻薬は、『麻薬及び向精神薬取締法』で規定されています。その第二条 の第一項にはこう書かれています。

「麻薬 別表第一に掲げる物をいう。」

要するに、この法律に掲げられている薬物は、みんな麻薬だということです。今では、行政が規制すべきだと判断した薬は、どんな作用かは関係なく、麻薬に指定されて法律に追記され続けています。薬を作用で分類して理解する薬理学者の私にとっては、意味不明です。

ちなみに、大麻は、アヘンやモルヒネ類とは作用が異なりますし、1947(昭和22)年に『大マ(まだれの旧漢字)取締規則』が施行されることで、マ薬リストから外され、その後『大麻取締法』で規制されるように変更されましたので、薬理作用上も法律上も麻薬ではありません。
 

3. 多くの人のイメージを当てはめるなら「魔薬」

3つめの「魔薬」という表記は、正式な辞書のどこにも載っていません。一般の多くの人がもっている「危ない薬物」「法律で禁止されている薬物」というイメージにあてはまるよう、私が勝手に考えた当て字だからです。

薬物が法律で規制される以前は、マ薬はあくまで「しびれ薬」であり、「感覚を鈍らせたり眠気を誘う作用をもつ」というきちんと定義された言葉でした。ところが、法律の都合で、規制対象とする薬物を一括して「マヤク」と呼ぶことにしたことで、それが何を意味するのかがわからなくなってしまったのです。

私は個人的に、「麻薬」という表記は止めて、「マ薬」あるいは「魔薬」と改めた方がましなのではないかとさえ思っています。それくらい、法律上の麻薬という言葉があいまいすぎて、混乱をまねいているのです。でも、ちっぽけな私の声で法律は変えられないでしょう。仕方ないので、私は学生たちにこう教えています。

「モルヒネは、薬理作用上も法律上も麻薬です。しかし、コカインは薬理作用上は麻薬ではありませんが、法律上は麻薬です。大麻は、薬理作用上も法律上も麻薬ではありません。」

より詳しい麻薬の定義や薬物規制関連の法律については、私の著書『大麻大全』(武蔵野大学出版会)で詳しく解説していますので、しっかりと知識を深めたい方はあわせてご覧ください。
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