「発熱予防に解熱剤」「ワクチン接種前の解熱剤」を避けるべき理由
ワクチン接種前や風邪気味の時、解熱剤を飲めば発熱予防になると考えていませんか?
第一に、発熱は、体が病気と闘うために引き起こす反応です。「コロナや風邪の発熱に解熱剤は必要か…早く飲むのは逆効果?」で詳しく解説しましたが、とくに感染症の場合は、原因となる細菌やウイルスを弱めるために、私たちはわざと高熱を出しているのです。ですから、それを薬で止めてしまうと、病気が治りにくくなってしまうこともあります。発熱をおさえられても、それ以外の症状や後遺症がひどくなってしまっては、元も子もありません。
第二に、解熱剤は、発熱時に熱を下げるものですが、平熱時に飲んでも特に何も起きないというわけではありません。また、予防的に利用しようとする場合は、発熱のタイミングが分かりませんから、本来の使用以上に長い期間、薬を飲み続けることになるでしょう。結果的に、副作用による想定外の弊害が生じる可能性があります。この点について以下で詳しく解説したいと思います。
アスピリンと炎症とプロスタグランジン
解熱のために使える薬は何種類かあり、それぞれ作用機序や副作用が異なります。まずはその一例として、アスピリンをとりあげましょう。アスピリンは、抗炎症薬の一種です。炎症とは、外傷、やけど、細菌やウイルスの侵入、薬物や放射線の作用など組織に損傷をもたらす刺激に対する生体の反応で、発熱・発赤・腫脹・疼痛を主な症状とし、本来は体を守るために用意されたしくみです。しかし、慢性化すると、自分を守るどころか、致命的な障害を引き起こしてしまうこともあります。したがって、炎症が必要以上に起こらないように適度に鎮めることが必要で、そのために抗炎症薬が利用されます。強力な抗炎症作用を持つ薬として、ステロイド薬がありますが、好ましくない副作用がたくさん起こる可能性があるため、日常的には使いにくいです。そのため、ステロイドとは違う作用で炎症を抑える効果を発揮する薬が探され、実際に見つかったものを「非ステロイド性抗炎症薬(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugsの略で、よくNSAIDsと呼ばれる)」と総称しています。最初に見つかった代表的なNSAIDsがアスピリンです。『バファリン』などの商品名で知られる市販薬も含まれているので、実際に飲んだことがある人も多いでしょう。
炎症に関わる生体内物質は多種類ありますが、その中で中心的役割を果たしているのが、プロスタグランジン類です。
もともと1930年ごろに人工授精の研究を行っていたアメリカの婦人科医が、精液中に子宮を収縮させる物質が含まれていると提唱したことがきっかけで、その物質が探索された結果、ある物質が同定され、それが前立腺(prostate gland)から分泌されると推定されたため、prostaglandinと名付けられました。その後、類似の物質がたくさん見つかり、プロスタグランジン類と総称されるようになりました。ただし、研究していくと、プロスタグランジン類は、体のあらゆる場所にあり、子宮収縮以外にも、血管収縮または弛緩、気管支収縮または弛緩、血小板凝集や白血球機能の調節など多様な作用を示すことが明らかになりました。また、発熱や発痛にも関わっていて、炎症を引き起こす物質でもあることが明らかになりました。
プロスタグランジン類は、細胞膜を構成するリン脂質から産生されます。細胞に加わった刺激によってリソソーム膜が崩壊するとホスホリパーゼA2という酵素が放出され、これが細胞膜リン脂質に作用してアラキドン酸という脂肪酸の一種を切り出します。アラキドン酸にシクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase、一般にCOXと略して呼ばれる)という酵素が作用すると、プロスタグランジン類ができます。そのうち、プロスタグランジンE2には発熱を起こす働きがあります。
アスピリンなどのNSAIDsは、COXを阻害して、体内でプロスタグランジンE2が産生されないように止めることができるので、感染症に伴う発熱を弱めてくれるのです。
発熱時以外にアスピリンを使うことのデメリット・リスク
プロスタグランジン類は、発熱以外にも体内で色々な働きをしていますから、アスピリンなどのNSAIDsを使ったときには、他の影響も出てきます。とくに注意しなければならないのが、胃腸障害です。胃腸ではCOXによって産生されたプロスタグランジンE2とプロスタグランジンI2が、胃酸の分泌を抑えて胃が荒れないようにするとともに、胃粘液分泌の促進と胃粘膜の血流改善により胃粘膜を守る役割を果たします。ですので、薬でCOXが阻害されてしまうと、胃を守るプロスタグランジン類が減ってしまい、胃炎や消化性潰瘍が生じることもあるのです。
つまり、アスピリンなどのNSAIDsには、発熱を抑えるというメリットと、胃腸障害を引き起こすというデメリットがあるのです。そのバランスを考えて、使うことが大切です。
発熱に関わるCOXは、炎症時には働きますが、普段の平熱時には働いていません。一方、胃を守る役割を果たすプロスタグランジン類の産生は、いつも起きています。ということは、炎症が起きていない平熱時に、長期間アスピリンを飲み続けていると、胃を守るためのCOXが阻害されて胃腸障害が起こるだけで、何もいいことはありません。炎症が起きて発熱が生じた場合に一時的にアスピリンを飲むだけなら、多少胃腸障害があったとしても、発熱を抑えるというメリットががそれを上回るので、使う意味があります。だから、アスピリンは、平熱時に予防的に飲むべきではなく、発熱したときに必要に応じて使うのが正しいのです。
発熱時以外にアセトアミノフェンを使うことのデメリット・リスク
もう一つ、解熱鎮痛薬としてよく使われるアセトアミノフェンをとりあげましょう。ドラッグストアで市販されている「小児用バファリン」「タイレノール」「ノーシン」「ナロン」「セデス」「ラックル」など発熱・頭痛・生理痛・腰痛用の薬や、数多くの総合感冒薬に配合されていますし、病院で処方される「カロナール」「アンヒバ」「アルピニー」にも含まれており、ほぼ全員が使ったことがあるはずです。アセトアミノフェンは、アスピリンとは系統の違う薬で、炎症を抑える作用はありません。COXを阻害しないので、胃腸障害の心配もありません。解熱鎮痛作用を発揮するしくみはまだ解明されていませんが、平熱は下げないので、体に異常が起きて高熱や痛みが生じる過程のどこかを抑えていると考えられます。
一般的に安全性が高く、小児にも使いやすいと言われていますが、注意しておいた方がよい点が一つあります。それは肝障害を起こすことがあるということです。
飲んだアセトアミノフェンは、体内に吸収されて作用を発揮した後、肝臓で分解されて体外へ排泄されていきます。このときアセトアミノフェンの一部は、肝臓のシトクロムP450という酵素によってNAPQI(N-acetyl-p-benzoquinone imineの略)という化合物に変化します。この化合物は非常に毒性が高いのですが、通常はグルタチオンという物質と反応して無毒化されて尿中排泄されるので心配ありません。しかし、アセトアミノフェンを大量に摂取した場合は、無毒化が追い付かなくなり、NAPQIが肝臓に溜まってしまい、肝細胞がダメージを受けることがあります。最悪の場合、肝不全で死亡することもあります。
お酒とアセトアミノフェンの組合せは、さらに要注意です。お酒に含まれるアルコールを分解するためには肝臓の働きが必要ですから、お酒とアセトアミノフェンを一緒に飲むと、より肝臓に負担がかかります。さらに、お酒を毎日飲んでいると、上述のシトクロムP450の働きが高くなります。そのような方がアセトアミノフェンを使うと、毒性の高いNAPQIが肝臓でできやすくなりますので、肝臓がだめになる可能性が高くなるのです。
1999年に埼玉県本庄市で起きた保険金殺人疑惑のある事件が報道されて話題になりました。そのとき、犯人と目された人物は、自分の経営するパブ・スナックで、保険金をかけた客に大量の風邪薬(アセトアミノフェン含有)を混入したお酒を連日のようにふるまったと伝えられています。
熱が出たときに、一時的に適量のアセトアミノフェンを利用することは何ら問題ありませんが、健康なときにアセトアミノフェンを毎日飲み続けても何もいいことはなく、むしろ肝障害のリスクが生じるだけですから、やめましょう。