風邪・インフルエンザ・新型コロナの高熱は、感染症の本体ではない
解熱剤を飲まない方が早く治る? 実際はどうなのでしょうか
風邪、インフルエンザ、新型コロナウイルス感染症など、細菌やウイルスが原因の感染症には、発熱という症状がつきものです。程度の差はあれ、ほとんどの方が、高熱に苦しんだ経験があるはずです。そして、少しでも楽になりたいと思い、解熱剤を使う方も多いでしょう。とくにお子さんが急に熱を出すと親御さんは心配するもの。慌てて解熱剤を飲ませたり、なかなか熱が下がらないからと繰り返し解熱剤を飲ませるという方もいるようです。
その背景には、まだ「熱=病気の本体」という誤解があるように思います。かつて流行したマラリアは、40℃前後の高熱が2~3日おきに繰り返され、死亡する人も多かったため、熱が原因の病気だとみなされたようです。しかし、今では、感染に伴う発熱は、体の免疫系による防御反応で、病気から回復するために必要な生理的しくみだと分かってきました。つまり、ただ熱を下げても病気は治らず、むしろ逆効果で、回復を遅らせてしまうこともあることが明らかになってきました。
みなさんが感染症に伴う発熱の意義を理解し、正しく解熱剤を使えるように、詳しく解説しましょう。
寒気・震えも必要な反応? 細菌やウイルス感染で高熱が出るしくみ
健康なとき、私たちの体温は、いつも一定で36~37℃程度に保たれています。脳の視床下部にある体温調節中枢が、正常体温を36~37℃と設定し、外気の寒暖によって体温が上下変動しそうになっても、それを元に戻すように調節しているからです。詳しくは「視床下部の役割は?自律神経系、内分泌系を調節する重要な機能」をご覧ください。しかし細菌やウイルスに感染すると、体の中で、サイトカインと総称される炎症関連物質が産生され、その信号が脳に伝わることで、体温調節中枢が決めた設定温度がくるってしまいます。たとえば、設定温度が39℃に変更されてしまうと、体温調節中枢は、体温を39℃前後に保とうとして調節するため、高熱が続くのです。もっと知りたいという人のために、さらに詳しい仕組みも解説しましょう。私たちの体の中に細菌やウイルスが侵入し、免疫を担う白血球に分類されるマクロファージ系の細胞が認識すると、インターロイキン‒1β、インターロイキン‒6 などが放出されます。これらの物質は、炎症性サイトカインと総称され、「細菌やウイルスが侵入した」ということを体中に知らせるサイレンの役割を果たします。インターロイキン-1βは、体の各所に働きかけ、 C 反応性蛋白(C‒reactive protein、略してCRPと呼ばれる)、フィブリノーゲン、血清アミロイド A 蛋白などの産生を促します。CRPは、体に炎症が起きていることを示す血液検査のマーカーとしても有名で、免疫反応に関係する補体という分子を活性化して、食細胞が細菌を食べて分解するのを助けたり、細菌を溶かすことで生体防衛に役立っています。その一方で、炎症性サイトカインは脳にも信号を送り、発熱を起こします。脳血管の内側にある内皮細胞がサイトカインの信号をキャッチすると、プロスタグランジンE2という物質が産生され、これが視床下部視索前野の体温調節中枢に届くと、「体温を上げよう」という判断がなされるのです。
体温調節中枢は、平熱より高い体温にするため、体に必要な反応を引き起こす指令を出します。例えば、自律神経系を介して皮膚の血管を収縮させ、体から外気へ熱が逃げないように防ぎます。内分泌系の甲状腺や副腎皮質からのホルモン分泌を促して、内臓や骨格筋の代謝による熱産生を促進します。また、体性神経系を介して手足の筋肉を小刻みに動かして熱を産生して体を温めようとします。熱が出ると、手足がブルブルと震えるのは、このためです。
外気はたいてい体温より低いですから、体温が急に上昇すると外気との差が大きくなり、「寒い」と感じるはずです。ゾクゾクと悪寒を感じるのは、まさに体温が急に上がっている証なのです。そして、私たちは厚着をしたり、布団にもぐりこみます。こうした行動も、体に熱をこもらせて体温を上げるのに寄与しています。
感染症で発熱するのはなぜ? 風邪やインフルエンザで体温が上がる理由
細菌やウイルスが侵入すると、脳の体温調節中枢がわざと体温を高くしているのです。一体何のためでしょう。体温が上昇すると、細菌やウイルスの活動が低下することが知られています。細菌は、私たちと同じ生き物ですから、生きるのに適した温度があります。至適温度をはずれると、生きづらくなります。私たちは、自らを犠牲にして体温をギリギリまで上げ、細菌とどっちが耐えきれるか勝負しているのかもしれません。
種類によっても多少異なりますが、一般的にウイルスは37℃くらいで最も増殖が活発になりますが、39℃の環境ではほとんど増殖できなくなるといわれています。より正確にいえば、ウイルスは自分で増殖するわけではありません。ウイルスは生き物ではなく、核酸やタンパク質が寄せ集まった、ただの構造体(いわば物質)にすぎません。ウイルスが私たちの体内に入った時には、私たちの細胞がウイルスを間違ってコピーして増やしてしまい、病気を引き起こしてしまうのです。つまり、ウイルスを増やしている真犯人は私たちですから、体温を上げると、私たち自身の細胞がウイルスを増やすスピードが遅くなるということです。
温度が高くなって細菌やウイルスの活動が低下している隙に、体の免疫細胞が一斉に攻撃をしかければ、きっと勝つことができるでしょう。高熱は、体を守る免疫系を助ける役割を果たしているのです。
解熱剤を使うのに適したタイミング・解熱剤を飲む目安
発熱によって免疫系が助けられるのであれば、解熱剤は飲まないほうがいいと考えられます。しかし、一概にそうも言えません。高熱が長期間続くと、体力が消耗し免疫の力が落ちてしまうこともあります。体が損傷を受けることもあります。マラリアに伴う高熱で亡くなる方がいるのもそのためです。なので、解熱剤は使った方がいいときもあります。どのように使い分ければいいのでしょうか。まず、感染して熱が上がり始めたタイミングでは、慌てて解熱剤を使わないほうがいいでしょう。細菌やウイルスが体内に侵入して、免疫系が「さあ戦うぞ」と動き出して、その助けとなるように体温を上げようとしているときに、体温が上がらないように薬で抑えてしまったら、免疫系が活性化できなくなってしまいます。逆効果になって、治るのが遅くなることもありますので、体に異変が起きて不快かもしれませんが、慌てて薬を飲むよりは、体力が持つ限りは様子をみたほうが賢明です。テレビCMなどでは早めの服薬を促しているものもありますが、このような体の反応を考えると、あまり鵜呑みにしないほうがいいでしょう。体温を逃がさないよう、保温性の高い寝巻きを着たり、寝具をしっかりかけて、休むことが先です。汗をかくと水分が失われますので、水分補給も忘れず。免疫細胞が働くと、体内のビタミンCが消費されますので、ビタミンCを含む飲料で補給するのもよいでしょう。
ただし、熱が出ても解熱剤を飲んではいけないというわけではありません。経過観察で、状態がどんどん悪くなる時や、熱以外の症状がある場合などは、何か重大な病気が隠れている恐れもありますので、きちんと医師の診断を受け、アドバイスをもらいましょう。
休んでいるうちに、悪寒がなくなり、逆に「暑い」と感じて汗をかくようになってきたら、体温が下がってきた証です。体がもう「体温を上げておく必要がない」「勝てる見込みがついた」と判断し、体温調節中枢が設定温度を元に戻し始めているわけですから、解熱剤を用いても問題ないでしょう。薬の助けを借りて、早く体温が平常に戻れば、体力も回復しやすいでしょう。
薬は使いようです。体の仕組みをよく理解して、薬の力をうまく活用できるようにしましょう。