「薬は怖い」……誤ったイメージが健康リスクを招くことも
「副作用がある薬は怖いので飲みません」 誤ったイメージが健康を害してしまうことも……
薬の長い歴史の中では、社会問題としてクローズアップされるような薬害事件になってしまったものもあります。そのためか、最近は「薬をあえて飲まない」ことを主張する医師や薬剤師が一部で支持されたりと、「薬は怖くて、悪いものだ」という考えもあるようです。しかし、薬についての正しい知識を持たず、誤ったイメージだけ信じこんでしまうのは危険です。重い病気に苦しむ人が必要な薬の服用を避け、あやしい民間療法の虜になってしまうという命に関わる事態も起こっています。長い研究の末にうまれた薬のはたらきについて正しい知識を持ち、上手に活用していくことが大切です。今回は、特に「薬の副作用」とは何なのかを解説したいと思います。
薬の副作用とは何か? 「副作用=体に有害」は誤り
多くの人が「副作用=有害な作用」と思っているかもしれませんが、まず、これは大きな誤解です。薬の作用のうち、治療の目的に利用されるものが「主作用」で、それ以外の治療に不要な作用は「副作用」に相当します。「副」という漢字は、「主たるもののそばにある」「付き添う」などの意味をもち、「悪い」という意味は元来ありません。「副」委員長は、委員長の邪魔をする悪い人でしょうか? 違いますよね。それと同じです。どんな薬がいいかとたずねると、多くの人が「効果があって、副作用の少ない薬」と答えるかもしれません。しかし、結論を先に言ってしまうと、副作用のまったくない薬は実は「まったく効かない薬」です。過去にも、副作用がなくて安全との触れ込みで多数の患者さんに使用されてきた薬が、実は病気を治す効果さえそもそもないものだったという実例があります。当然そうした薬は認可が取り消され、現在は使用されていません。「何らかの副作用がある」ということは、「何らかの形で体に作用して、効果を発揮する力がある」という確固たる証なのです。
「眠くなる」のは効果? 副作用? 同じ薬でも症状によって変わる見え方
たとえば、「ジフェンヒドラミン」という薬があります。1910年ごろ、私たちの身体の中でヒスタミンという物質が作られ機能していることが分かり、1920年代にはそれが蕁麻疹などのアレルギー反応を引き起こす原因物質だということが分かりました。そして1930~40年代になると、このヒスタミンの働きを止めることによってアレルギーの治療が可能になるというアイデアに基づいて、いわゆる「抗ヒスタミン薬」と分類される化合物が合成され、花粉症やアレルギー性鼻炎、蕁麻疹などのアレルギー疾患の治療に広く用いられるようになりました。ジフェンヒドラミンもそのひとつで、1943年にアメリカのシンシナティ大学の研究室で合成された多数の化合物の中から見つかりました。ですので、この薬の本来の使用目的は、「アレルギー症状を抑える」ことです。日本でも1950年に発売されて以来、今も広く用いられています。ただ、この薬には少しだけ欠点がありました。飲み薬として使ったときには、あまり作用が長く続かない上、眠気を生じやすかったのです。居眠り運転で事故を起こす危険性があるので、薬の添付文書には「車の運転を避けること」という注意書きがしてあります。つまり、「アレルギー症状を抑える」ことを目的としてこの薬を使うときには、「眠気を生じる」のは副作用とみなせます。なので、今ではこの薬は、飲み薬として使われることは少なく、塗り薬として使われることが多いです。
でもこの薬が「眠気を生じる」ことは、本当に悪いことなのでしょうか。
みなさんは毎晩ぐっすり眠れていますか? 中には、不安なことがあって毎晩よく眠れないと悩んでいる人もいるのではないでしょうか。そんなとき、ちょっとだけ薬の力を借りて眠りやすくする、つまり睡眠薬を利用している人もいらっしゃるでしょう。そうした人にとっては、「眠気を生じる」という作用を持ち合わせたジフェンヒドラミンは、いい薬になる可能性があります。
例えば「ドリエル」などの商品名の薬をドラッグストアの店頭で見つけたら、パッケージの裏側にある成分表示を見てみてください。そこにはしっかり「ジフェンヒドラミン」という薬名が書かれています。このような薬は、ジフェンヒドラミンがもつ「眠気を生じる」という作用を、睡眠導入を目的とした製品として応用したものになります。強い睡眠薬の場合には、朝起きたときに頭がボーッとして日中も眠気が残ってしまう場合がありますが、ジフェンヒドラミンは作用が長く続かないので、朝すっきり目覚めることができます。「寝つきが悪いだけで一度眠ってしまえば大丈夫」というタイプの人には、ぴったりの睡眠改善薬になるというわけです。ある症状に対しては不要だった副作用も、他の症状に対してはよく効く主作用になる一例といえます。
副作用が主作用に! 蕁麻疹治療薬から見つかった酔い止め効果
ジフェンヒドラミンは、もう一つ意外なところで応用されました。1947年にアメリカのジョンズ・ホプキンス大学附属病院に通院していた妊婦さんが、蕁麻疹の治療のためにジフェンヒドラミンをもらって飲んでいましたが、あることに気がつきました。その人はもともと車酔いしやすかったのですが、ジフェンヒドラミンを飲んでいた日には、なぜか平気だったのです。そのことを医師に報告したことがきっかけで、詳しく調べたところ、ジフェンヒドラミンには乗り物酔いを防ぐ効果があることが確認されたのです。
「トラベルミン」という商品名の薬をご存知ですか。子どものころバスに酔いやすかった私は、出かける前によくドロップタイプの薬を飲んでいた記憶がありますが、それはまさに「トラベルミン」でした。先の「ドリエル」と同じように、ドラッグストアの店頭で製品の成分表示を見てみてください。そこにはしっかりと「ジフェンヒドラミン」と書かれています。「トラベルミン」は、ジフェンヒドラミンがもつ「乗り物酔いを防ぐ」という、本来の目的ではない作用を、うまく応用した製品だったのです。
ジフェンヒドラミンにはいろいろな作用があります。アレルギーの治療を目的とするときには、当然「アレルギー症状を抑える」のが主作用で、「眠気を生じる」「乗り物酔いを防ぐ」は目的外の副作用とみなせます。しかし、寝つきが悪い人が睡眠改善の目的で使うときには、「眠気を生じる」が主作用で、「アレルギー症状を抑える」「乗り物酔いを防ぐ」は副作用です。そして、乗り物酔いしやすい人が使うときには、「乗り物酔いを防ぐ」が主作用で、「アレルギー症状を抑える」「眠気を生じる」は副作用です。このように、主作用と副作用は、何を目的にしているかで入れ替わることもあるというわけです。
もし、当初ジフェンヒドラミンに見られた目的外の作用、つまり副作用を、単なる悪い作用だと片付けていたら、不眠に悩んでいる人や、私のように乗り物酔いしやすかった人は、救われなかったかもしれません。薬のことをよく研究し、副作用を主作用に転用したアイデアは、実にすばらしいですね。先人たちに感謝するばかりです。
薬は良い作用を効果的に引き出し、正しく利用することが大切
どんな薬にも、体に作用する以上、必ず良い面と悪い面があります。短絡的に「不都合な作用もあるなら、薬は悪者」と決めつけるのは、視野が狭すぎます。私たち人間だってそうですよね。それぞれ長所や短所がありますが、お互い悪いところばかりを批判し合っていても、いいことはありません。できるだけその人のいいところを見つけて、尊重し合うことが大切ですよね。薬も同じです。私は大学の授業で、「薬の良い面を最大限に引き出すのが、薬剤師になる君たちの使命だ」といつも学生に教えています。
目的外の副作用が、害をもたらす事例は確かにあります。しかしそれは、使い方次第ではないでしょうか。過去の薬害事件などを振り返ってみても、薬そのものが悪いのではなく、使い方を誤り、しかもそれをすぐに是正しないで放置した人間側に問題があったことは明らかです。薬の悪い作用をできるだけ防ぎ、良い作用を効果的に引き出すために、正しく利用することが大切なのだということを是非理解してもらえばと思います。