亀山早苗の恋愛コラム

「結婚している」と言えなくて…。35歳、2年つきあった彼のLINEをブロックするしかなかった理由

携帯電話の普及とともに、相手の私生活が見えないまま恋に落ちるケースが増えている。昨今は無料のトークアプリを使ってどこにいても連絡をとることができる。固定電話は、「家にいる証拠」でもあったのだ。

亀山 早苗

執筆者:亀山 早苗

恋愛ガイド

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「結婚している」と言えなくて……

既婚隠し

携帯電話の普及とともに、相手の私生活が見えないまま恋に落ちるケースが増えている。昨今は無料のトークアプリを使ってどこにいても連絡をとることができる。固定電話は、「家にいる証拠」でもあったのだ。

 

忸怩たる思いだけれど

「半年ほど前、2年つきあった彼と別れたんです」

エミコさん(35歳)はうつむきながらそう言った。相手は2歳年下の会社員。ひとりで出かけた美術館で目が合い、彼女がふと微笑んだことから声をかけられたという。

「その彼、実は20代のころにつきあった人に似ていたんです。それで無意識に笑みを浮かべてしまったようで。そのときは『どこかでお目にかかりましたか?』と聞かれ、『いいえ』と答えて離れたんです。でも美術館を出たら、彼が待っていました」

昔、知っていた人に似ているだけと彼女は言った。すると彼、ショウタさんはじゃあ、縁があるということでコーヒーでもと言った。たまにはそんなこともあってもいいかもと近くの喫茶店に入った。

「その日は私、代休をとっていたんです。そう言うと彼が、『僕も代休なんです』って。調子のいい人だなあと思いましたが、どうやら本当だったみたい。今、観てきた絵の話とか、どんな画家が好きかとか、いろいろ話しました。彼は休みがあると美術館や画廊を巡っているらしくて、今度一緒に行きませんかと言われました。私は実は美大を出ているので、彼の趣味が私と似ているのがうれしかった。それで行きたい画廊があると話したら、彼が『あそこは僕の知り合いがやっているんです』って。これも縁ですねと盛り上がっちゃって」

気づくと2時間たっていた。エミコさんはあわてて立ち上がった。どうせなら夕飯でもという彼を振り切ろうとしたとき、彼が名刺を手渡してきた。

「連絡しますと言って先に店を出ました。その日、夫とデートする約束だったんです」

そう、エミコさんは結婚していたのだ。当時、33歳で結婚4年目。2歳になる子がいた。ふだんは時間があれば子どもと一緒なのだが、その日は結婚記念日。保育園に通っている子どもは近くに住む義母が迎えに行ってくれることになっていた。「たまにはふたりで食事でもしてきなさい」と言ってくれたのだ。エミコさんは代休だということを夫にも義母にも言わず、つかの間の独身気分を味わっていた。映画を観て美術館へ行って。

そして4回目の結婚記念日を祝うため夫と待ち合わせていた。

 

夫との溝が埋まらない

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ただ、夫との仲は順調ではなかったとエミコさんは言う。

「出産後、よくある話ですけど、私は、限られた時間の中でどうしても子どものことに手間も気持ちもとられる。夫は寂しかったんでしょうね。飲んで帰ることが多くなって。子どもにライバル心を抱いていたのかもしれません。もっと優しくすればよかったんでしょうけど、こっちは家事に育児に仕事で手一杯ですもん。夫が歩み寄ってくれるのを待っていました」

そんな状況を察していたのだろう、義母が食事に行ってきなさいと言ってくれたのだ。だが、夫と食事をしながら、エミコさんは『さっきのショウタさんとだったら、もっと楽しく食事ができたのでは』と思っていた。夫とはあまり会話も弾まなかった。

「次の日、ショウタさんに連絡しました。私は土日に出社することもよくある仕事なので、その場合は翌週、代休をとるんです。彼に食事に誘われて、この日ならあいているけど昼間ならありがたいと告げました。『親と一緒に暮らしているのだけど、母が具合が悪いので』と。彼は私が独身だと思い込んでいたみたい」

気づいてはいたけれど、既婚だとは言えなかった。どうせ長く続く関係ではないし、友だち関係で終わるのだから既婚だと告げる必要はないとも思っていた。

「でも私、どんどん彼に惹かれていって……。3度目に会ったとき、『うち、近いからちょっと寄っていかない? おいしいケーキがあるんだ』と言われて、のこのこついていってしまった。彼ともう少し一緒にいたかっただけなんですが、部屋に入れば、男女の関係になるのはわかりきっていた。不思議と夫への罪悪感はまるっきりなかった」

お母さんに持っていってあげてとケーキをもらい、帰宅してから子どもに食べさせた。そのときも罪悪感は覚えなかった。

毎晩のように彼とLINEでやりとりし、時間をやりくりして週に1回は会っていた。ゆっくりできなくてもいい、30分話すだけでもいいと彼は言った。エミコさんもそう思った。

「夫は私に興味がないので、週に1度、他の男に会っていても気づかないんです。疑われたことはありません。1年半ほどたったころ、彼が『オレたち、そろそろ将来のことを考えてもいいんじゃない?』と言い出して。ドキッとしました。このときいちばん罪悪感を覚えましたね」

もちろんイエスとは言えなかった。かといって実は既婚だったとも言えない。彼のようないい人には、嘘つきの自分よりもっとふさわしい人がいると本気で思った。

「それでも彼と別れたくなかったから、のらりくらりと躱していたんですが、あるとき、返事を聞かせてよと言われて、今週中に返事すると言いました。離婚できたらいいのにと思っていたけど、そうもいかない。そんなとき、義母が事故に遭って入院しちゃって。彼には『母が入院したので、しばらく会えない。いえ、ごめんなさい、もう会えない』とメッセージを送りました。そして彼の電話番号を削除、LINEもブロックしました」

それからは毎日、夜になると泣いていたとエミコさんは言う。もし最初から既婚だと言っていたら、彼はつきあってくれただろうか。そんなふうに思うこともあった。

「でもやっぱり私が嘘をついた報いですよね。しばらくたって彼から会社に手紙が来たんです。本当に好きだったけど、連絡を絶ったのがあなたの本心なんだろうからあきらめます、というような内容でした。本気で好きだったと書いてあって、昼休みにトイレで読んで号泣しました」

今も彼女は悶々としている。心が行き交わない夫と暮らし、子どもだけが救いの日々を、いつまで我慢すればいいのだろうとも思っている。あれから美術館通いも封印しているが、再開してみようか、もし彼にまた会ってしまったら、そのときこそ本当のことを言おうと少しずつ決意が固まり始めている。
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