「労働時間の長さ」ではなく、「仕事の成果」を働きがいに変える
アイシン精機が発行するウェブマガジン「AISIN VIEW」には、同社が取り組む「働きがい改革」に関する詳しい記述があるため、その中から一部を紹介しよう。・参考情報:生活の満足度を上げることが、仕事の活力となり仕事の質向上につながる | AISIN VIEW | アイシン精機株式会社
同社では、社員のワークライフバランスを実現するためにさまざまな制度を導入してきた。その結果、社員の働き方の選択肢は増えたに違いない。
ここでいくつかの疑問が沸き上がる。同社では、社員が各種制度を日常的に有効活用できているかどうか、そして制度活用が仕事のモチベーションアップにつながっているかどうかという点だ。そして、社員の働きがいが高まった結果、会社の業績は上昇したのだろうか。
AISIN VIEWに登場する社員たちが、これらの疑問に等身大の体験談を交えて答えているため、詳しくは同記事を読んでみてほしい。
労働時間の長さ=働きがいなのか?
日本社会全体には、未だ「長時間労働」が蔓延している。社員にとって長時間働けば、その分、残業代をたくさん稼ぐことで「収入が増える」。さらに文句も言わず長時間労働を我慢すれば、「上司から評価される」こともあるし、周囲から「責任感の高い人物だと思われる」こともあるかもしれない。これらは社員にとって「働きがい」になりかねないのではないだろうか。高い収入と職場の好評価、そのどちらも簡単には失いたくないことだからだ。
一方、成果報酬という考え方は業種や職種、もしくは外資系企業などによっては浸透しているものの、全体を見ればその導入が中途半端であり、まだ多くの会社で効果的な導入ができていないのではないだろうか。日本社会に長年続いた終身雇用と年功序列の慣習が薄れつつあるといっても、そう簡単にはすべてが切り替わることはない。
仕事の成果を収入に反映させる能力給などの導入は進みつつあるが、「長時間労働がもたらす働きがい」を覆すだけのインパクトをもたらせていないのが現状ではないだろうか。
コミュニケーションが活発になれば「自主性」が発揮される
労働時間ではなく、「仕事の成果」を働きがいに変えることが日本の職場ではハードルがまだ高いことは、多くの人が実感しているはずである。ではどうしたらいいのだろうか。アイシン精機が「働きがい改革」を宣言したのは2020年4月、まさにコロナ禍のさなかであった。いわば、このタイミングだからこそ敢えて打ち出したのかもしれない。では同社は何から始めたのか。
同社によれば、「間接部門の約850の職場で、社員全員が毎週定期的に業務の目標や達成度について話し合うこと、そして上司と部下が1対1で話し合う機会を増やした」という。
このことで、ふと思い出したことがある。最近、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の元会長が、女性を蔑視したと受け取られた不適切発言で退任したニュースである。その問題の背景に「組織におけるコミュニケーションの問題」(風通しがよくない組織)が存在すると感じた人は多かったのではないだろうか。
「会議でのあなたの発言、話が長いよ」と上の立場にいる人に言われれば、「コミュニケーションが制限される組織文化」が醸成されるのは想像に難くない。その結果、組織の権力者に対する忖度が多発し、誰も何も言えない雰囲気が蔓延し、いわゆる「出すぎず、わきまえた言動」に誰もが終始するようになるのだ。
元会長の女性蔑視発言の強烈さに目が奪われたニュースであったが、報道を通して最も衝撃を受けたのは、むしろ「出すぎず、わきまえた言動をとれる人物」が組織の中で出世し、上司から寵愛されている現実を目の当たりにしたことである。
そして、それが東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の固有の問題ではなく、もしかしたら自分が今、所属している組織など、まさに自分の身のまわりの日本社会全体にあるかもしれないことに気づいて、誰もが大きなショックを受けたのではないだろうか。
その結果、やる気をそがれ、意気消沈した人もいることだろう。そうなる自分が嫌で、何とか踏みとどまろうと歯を食いしばっている人も世の中にいるに違いない。これまでは、やる気がない自分が悪いと思ってきたが、もしかしたら自分だけが原因ではない、もっと根深い問題であるということに気づき、無力感に襲われたという人はいないだろうか。
モチベーションを失いかねないネガティブなニュースは自分の職場だけではなく、今の時代、社会のあらゆるところに蔓延しているので注意が必要である。
アイシン精機が挑戦する「働きがい改革」に立ちはだかる壁は、コミュニケーションの活性化が鍵であった。部下や同僚とのコミュニケーションを増やすこと自体が仕事を増やすことだと考える一部の取締役や管理職がいて、コミュニケーションの質と量を増やすという試みへの本気度が疑われたとき、社長は取締役会で檄を飛ばしたという。働きがい改革の本質が、コミュニケーションにあることを職場のリーダーたちが十分に理解していなかったからである。
これはどこの会社でも起こりうることであろう。働きがいを労働時間から得るのではなくて、仕事の成果から得るように社員の考え方を本質的に切り替えることは、生半可な挑戦ではないことをよく表したエピソードである。
AISIN VIEWは「働きがい改革」の挑戦を次のように結んでいる。
「これまでの仕事のやり方を思い切って変革し、自分たちで新しい価値を見いだし、真の競争力を身につけていく」
同社の改革が成功するかどうかは、まさに社員間のコミュニケーションの活性化にかかっている。これはすべての会社に共通した課題であり、日本社会が直面する最重要課題でもある。会社にしてもらうのではなく、「自分たちで行う」ところにもポイントがある。アイシン精機の取り組みをヒントにして、多くの職場でも「働きがい改革」に挑戦してみてはいかがだろうか。