母と娘はやっぱり難しい!? 自分が「母」の立場になり……

過干渉親

母と娘、友だちのように仲がいいふたりもいれば、確執だらけの関係もある。かつて母にされた嫌なことを、知らず知らずのうちに娘にしてしまうこともあるのではないだろうか。

 

関係を修復しないまま母が亡くなって

イズミさん(44歳)は、幼いころから母親の過干渉のもとに育った。中学受験をさせられ、幸か不幸か私立の女子中高一貫の進学校へ。

「私は一度も勉強が楽しいなんて思わなかったし、勉強は嫌いだった。だけどやらないと母が泣くんです。母を泣かせたくない一心で勉強していただけ」

ひとりっ子だったのと、両親の仲がよくなかったために、母は自分のすべてを娘に捧げた。ところがイズミさんは大学受験に失敗。母は浪人することになった彼女のスケジュールを管理、予備校から帰宅するとそのスケジュールに沿って生活した。

そのかいあって1年後には第一志望の大学に合格。やっと母の管理下から抜けられるかと思ったが、それは甘かった。

「小学校以来の共学ですから、今度はそのことに母が過敏になって。大学生なのに門限が午後6時。あり得ませんよね。アルバイトはおろかサークルにも入れない、友だちとお茶すらできない」

あるとき友だちにそそのかされた。帰らなければいいのよ、そのうち親だってあきらめる、と。だが、なかなかできなかった。母が泣きわめく姿が想像できるからだ。

「それでもあるとき、ボーイフレンドができたんですよ。彼と映画を観てごはんを食べて。帰宅したら午後10時。母が玄関に座っていました。帰ってきた私を見て泣き崩れていた。私、それですごくシラケた気持ちになったんです。この人は何がほしいんだろうって」

だが母は、ボーイフレンドから来た電話を取り次がない。それどころか「うちの子を誘惑しないでください」と言い出す始末。彼には母親のことを伝えていたが、それでも彼との関係はうまくいかなかった。若い男の子が、電話口でガールフレンドの母親にねちねちと説教されたら逃げていくのは当然だろう。

「母は就職先も自分で決めようとしていました。私はもう精神的には母離れしているつもりだったので、あえて母が望まない会社に就職したんです。出張が多い仕事で心身ともに大変だったけど、やりがいはありました。出張するたびに母が会社に電話をかけて、『娘を出張させないで』と泣くんですよ。上司や同僚にも“困った母”と認識してもらうしかありませんでした」

就職して3年目には家を出てひとり暮らしを始めた。母親には鍵を渡さず、詳しい住所も知らせなかった。すると引っ越して数日後に父親から電話があった。母が自殺未遂をはかったというのだ。

「それでも私は帰りませんでした。入院した母の見舞いにも行かなかった。娘が独り立ちすることを母にもわかってもらいたかったんです」

ようやく母は、娘を「あきらめて」くれたようだった。

 

自分が母と同じ!?

強烈な母親を本当にあきらめさせるには結婚しかないと彼女は思っていた。28歳のとき2歳年上の同僚と結婚。部署は違っていたので、そのまま共働きを続けることにした。そして30歳のとき長女を出産した。

「仕事を続けるつもりだったのに、いざ子どもの顔を見たら働きたくなくなってしまって……。夫と話して、続けて出産して子どもたちが少し大きくなったら社会復帰したいと言いました。ところがその後、子どもができなくて。結果、長女を溺愛するようになったんです」

娘が小学校に入ってからは、昼間数時間、パートに出るようになった。ちょうどそのころ、母親が突然の病気で急逝、ついにわかりあえないままだった。

「母の死はあまりに急だったのでショックだったけど、同時に解き放たれたように感じました。やっと私が私でいられる、と」

つい先日、中学2年生の娘と塾のことを話しているとき、言われた。

「おかあさんは私を支配しようとしてる。小さいときからずっといやだった」

イズミさんにとって、それはひっくり返るほど驚愕のひと言だった。娘がかわいくて仕事にも復帰できずにいて、この子のためなら命も惜しくないと育ててきたのだ。娘が自分のように母親の毒で苦しまないようにと気を遣ってきたつもりだった。

「私は娘を支配しようとなんて思ったことはありません。それなのに娘は支配されていると感じていた。衝撃でした」

あまりのショックに彼女は数日間、寝込んでしまったという。そして思い出したのだ、母との関係を。

「家を出たり結婚したりして、私はすっかり母から精神的に離れたと思っていたけど、娘にそんなことを言われて、いちばん誰に聞いてもらいたかったかというと母なんですよね。そして結局、母も今の私と同じように、娘を支配するつもりではなく単にかわいいと思って過干渉になってしまったのだということがよくわかった」

やり方は間違っていたけど、母の気持ちは理解できる。そう告げたいとき母はもういなかった。そして彼女は、娘に疎んじられている自分をどうしても容認できずにいる。

「今は夫が娘とよく話しています。私はどう接したらいいかわからなくなって……」

いつか娘もきっとわかるのだろう。母の愛し方は間違っていたけど気持ちは理解できる、と。だがその前に、まだ修復はできる。「私と娘は別人。彼女には彼女の意志があり、人生がある」とはっきり認めることだ。ひとりの人間として、自分とは違う個人として認めることができれば、きっといい関係が構築されるに違いない。


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