お風呂に入るだけで健康になれる? 入浴習慣と健康の関係
お風呂の温熱作用には様々な健康効果があるようです。ではバスタブの湯温は何度に設定するのが最適なのでしょうか?
対象者の年齢層が少し高くなりますが、筆者と千葉大学の研究チームは医学研究として約1万4千人の高齢者を3年間追跡する大規模調査を行いました。その結果として「毎日湯船に入浴する人は、そうでない人と比べて要介護状態になるリスクが3割も減る」という驚くべきことが明らかになりました*。この研究報告は一般の方からも強い関心を集め、テレビや新聞など多数のメディアでも取り上げられました。「お風呂は体に良いだろう」とは何となく誰もが感じてきたところだろうと思いますが、これだけ大規模な調査で「お風呂が体に良い」ということを科学的に示すことができたのは、ほぼ初めてのことなのです。
介護予防には筋トレや体操などがよく挙げられますが、どれも少しハードルが高く感じて継続が難しい部分があったりします。お風呂に入るだけで介護予防にもなるのなら、何と手軽なことでしょうか。要介護状態にならないということは、それだけ全身の健康状態がよく保てたともいい換えられるでしょう。お風呂の温熱作用やその他の健康効果で、介護予防につながったと考えられます。
お風呂の健康効果で特に大切な「温熱作用」とは
お風呂に入ることによって様々な健康効果が得られます。その中でも特に重要なのは温熱作用です。お風呂の温熱作用として、血流が改善し新陳代謝が活発になることや、筋肉や関節の痛みが軽減すること、リラックス効果が得られることが医学研究結果として報告されています。シャワーだけだと体が温まらないことは私たちも経験することですが、これは、シャワーでは温熱作用が得られにくいためです。温熱作用で大切な心身の変化は血流が良くなることです。温かいお湯に浸かると、まず最初に体の表面が温められます。体の表面近くで温められた血液が全身の血管を巡るので、体全体が温まります。そして血管が広がることで、全身の血の巡りが良くなります。特に皮膚表面の血流量は入浴前の数倍にもなります。
血の巡りが良くなることで、血液によって全身の隅々まで酸素や栄養分が運ばれます。逆に、体にたまっていた老廃物や二酸化炭素は運び去られ、体外に排出されます。つまり、新陳代謝が活発になり、体がリフレッシュするのです。お風呂に入ると疲れが取れてすっきりするのは、ただ気分的なものだけでなく、こうした科学的な作用によるものと考えられています。
温めの効果は、肩こりや慢性腰痛・関節痛の緩和も
また、体が温まると筋肉は緩み、関節の緊張も和らいでいきます。例えば多くの人が悩んでいる「肩こり」は、肩や首まわりの筋肉である僧帽筋の緊張によるものですが、お風呂にゆっくり浸かると、この筋肉の緊張が和らぎ、肩こりが改善します。慢性の腰痛や関節痛などもお風呂で温まると痛みが緩和します。痛みの緩和という身体的なメリットもありますし、体がゆっくり温まると心理的にもリラックスすることができます。一方でこの温熱作用は、熱ければ熱いほどいいというものではありません。実はお風呂のお湯の温度によって、体への影響は変化するのです。「42度より高いか、42度より低いか」で体の反応は大きく変わってきます。詳しく解説しましょう。
お風呂のお湯は熱めかぬるめか? 42度より高い湯・低い湯の効果の違い
最近は給湯器で湯温設定ができるお風呂も多いと思います。自分の好みで自由に決められる自宅のお風呂の湯温、皆さんは何度に設定していますか?お湯の熱さの好みは人それぞれかもしれませんが、人の体には「自律神経」という神経があります。自律神経は、作用が相反する「交感神経」「副交感神経」の2つの神経で成り立っており、普段は2つの神経がちょうどシーソーのようにバランスを取ることで健康を維持してくれています。よく耳にする「自律神経失調症」は、この2つの神経のバランスが崩れた状態です。
交感神経は、心身が緊張・興奮状態になるように調整します。戦闘態勢になる必要があるときや、日常でも仕事モードに入るとき、また、大事な試験を受けに行くときなどに高まるものです。原始の時代でいえば、狩猟に出かけたり、野獣から身を守る際に心身を奮い立たせた神経ともいえるでしょう。一方の副交感神経はこれらと真逆で、心身を休憩・リラックス状態にします。お風呂のお湯の温度によって、この2つの神経の反応を変えることができるのです。
42度以上の熱い湯に入ると、交感神経が高ぶります。緊張・興奮状態になるので血圧は上昇し、脈は早まり、汗をかき、筋肉は硬直します。肩こりも改善しません。血液では、血の固まりである「血栓」もできやすくなります。逆に戦闘に関係のない胃腸の動きは止まります。
一方、38~40度程度のぬる湯に浸かると、副交感神経が刺激されて心身がリラックスするため、血圧は下がり、脈はゆっくりになり、汗もあまりかかず、筋肉もゆるみます。胃腸は活発に動き、消化が良くなります。
一概に「お風呂の健康効果」といっても、たった1~2度のお湯の温度の違いだけで、体の反応は正反対になってしまうのです。
お風呂の適温はぬるめが正解! 湯温は38~40度程度に設定を
このような効果の違いが分かると、お風呂の温度の設定の仕方が分かると思います。ぬる湯の方が心臓などへの負担が少なく、寝る前にゆっくり浸かることで心身がリラックスでき、いい眠りにもつながるのです。逆に朝の仕事前には熱めの風呂やシャワーをさっと浴び、身も心もシャキッとさせるのが理にかなっているといえるでしょう。
また、普段はどうしてもストレスが過剰になっているのが現代社会です。特に「リラックスしすぎて困っている!」という話を患者さんから聞くことはなく、多くの場合慢性的なストレスが問題になっています。筆者の診察室でも、人間関係や仕事など、様々なことが原因で強い慢性ストレスがかかって緊張や不安が高まり、結果として不眠などを訴える方が多くなっています。
つまり、交感神経の興奮状態から副交感神経へいかに効率よくスイッチを切り替えることができるかが現代社会のストレス対策の鍵なのです。その点、お風呂を使うことによって、給湯器の温度設定ボタンひとつで、とても簡単に自律神経のコントロールが可能になります。給湯温度を40度以下に設定すればいつでも簡単に心身をリラックスさせることができるのです。40度なら10~15分程度の入浴を勧めています。
以上のように、毎日がストレスの多い現在、心身に優しい40度より低めのぬる湯での入浴をお勧めします。適温でバスタブに浸かって入浴することで、体にどのようなよい影響があるのかを知り、毎日の入浴時間を大切に楽しんでいただければと思います。
*Yagi A, Hayasaka S et.al:J Epidemiol 2019.