一人ひとりの人間味と関係性の妙が生きる
個性的という表現ではおさまりきらない登場人物一人ひとりが、生き生きと描かれる『ラヂオの時間』。主演女優のわがままから書き換えられる脚本のツジツマが合わなくなり、生本番中に右往左往しながら修正を試みる現場のアタフタ感と奔走ぶりが、なんともおかしいわけですが、翻弄する人々のおかしさはコメディではよくあること。しかし、『ラヂオの時間』では画面の隅の人物も含めアタフタ感の百人百様が顕著で、アタフタ感の渦に赴きがあり秀でた作品となっているのです。
それらしき言い訳を重ね丸くおさめることを目指す上司と、作品づくりの本質に立ち返るべく行動を起こす若い世代。その距離感も生本番中流動的で、反発したり融合したり、達観に徹したりでおかしいもの。それでも誰のための作品づくりか、テーマへのこたえは明快でわかりやすいことも魅力です。
近藤芳正、梶原善、田口浩正、モロ師岡の若かりし頃に見せた痛快なコメディセンス。井上順、戸田恵子、細川敏行が魅せる熟練のエンターテインメント、並樹史朗の技、梅野泰晴と布施明のあるあるの軽さ、一人ひとりの確かな実力があってこそ完成した『ラヂオの時間』。
バンダナを頭に巻いて奮闘する脚本家の鈴木みやこ(鈴木京香)と、ピンクのシャツに肩からかけたカーディガン姿のディレクター・工藤学(唐沢寿明)。2人がラジオドラマ同様、『ラヂオの時間』の軌道修正を図る姿をおかしくも力強く見せ、作品をグッと引き締めています。
素晴らしきかなラジオドラマ
『ラヂオの時間』をおすすめする理由は、オールスターキャストでありながらも、起承転結がスッキリとわかりやすいこと。クライマックスで物語が加速していく空気の臨場感と清々しさは『ラヂオの時間』ならではと言えそうです。
そして、ラジオ局という小さな世界で描かれる濃厚な会話劇が、伝説の音効・伊織万作(藤村俊二)と熱心なリスナーであるトラックの運転手・大貫雷太(渡辺謙)の登場によって非常に奥行き深いものとなっていること。小さな空間の会話劇をスクリーンで成功させるのは、意外に難しいもの。ここにも『ラヂオの時間』の素敵さがあります。
「なんでこんなことになるかな??」「……そんなバカな」と笑いながらも、ラヂオドラマが完成していく過程に心は高鳴ります。ナレーションの美しさ、マイクとの距離の調整、感情を声だけで表現するプロフェッショナル。ものづくりの原点に心が洗われていくようにも感じます。
リスナーの心を自由に膨らませる、言わば無限大の可能性を持つラジオドラマと、人間の持つ想像力の素晴らしさにこそ、エンターテインメントの未来があるのでしょう。
私たちの知らない世界をどう見せるか、鋭さと温かさを兼ね備えた三谷幸喜の視点とポリシーが息づく『ラヂオの時間』。あいうえお順のエンドロール、心地いい服部隆之の音楽、古き良き時代が心に灯る映画ポスター、三谷幸喜が好きな人はもちろん、そうでない人も楽しめる103分は秋の夜長を明るくします。
DATA
『ラヂオの時間』
脚本・監督: 三谷幸喜
出演: 唐沢寿明、 鈴木京香、 西村雅彦、戸田恵子、井上順