カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した映画『桜桃の味』は、自殺を考えている男性が手伝ってくれる人を探すという重いテーマを描いていますが、「生きる意味」を考えさせてくれる映画でもあります。
人々の日常を優しい目線で描写する監督が選んだ重厚なテーマ
間違って持って帰ってしまった同級生のノートを返しに行くだけの話をとてもドラマチックに描いた『友だちのうちはどこ?』を観て以来、私が大ファンになってしまったイラン映画監督のアッバス・キアロスタミ。とても優しい視線で、人々の何気ない日常を描くのがうまい監督です。彼の作品を観た後はいつもあったかい気持ちになります。
この『桜桃の味』は自殺をしようとしている男性が主人公であり、プロット的にはなかなか重いテーマです。 しかしながら、自殺を具体的に考えるまではいかないにしても、死にたいほどの辛さというのは誰もが経験しているのではないでしょうか。
そういった意味では、この映画のテーマは多くの人の心に刺さる内容だと思います。
人生をひたむきに生きる登場人物たちのメッセージ
主人公が自分の自殺を手伝ってくれる人探しの道中に出会う人は、クルド人の若い兵士、アフガン人の新学生、そして自然史博物館で働くトルコ人の老人・バゲリと、年齢も職業も出身国もさまざま。ここにイランという国の情勢が少しだけ垣間見られます。悪人は1人も登場せず、皆自分の人生を精一杯生きています。そしてそれぞれのやり方で、主人公に対して自殺をやめるように説得をするのです。そのなかでも一番響くのが、最後に登場するバゲリの言葉。彼は、モラルという点で自殺を止めさせようとするそれまでの兵士や神学生と違い、自分の経験を話すというアプローチで説得を試みます。
「すべてを拒みすべてを諦めてしまうのか」「桜桃の味を忘れてしまうのか」というセリフは、実にずっしりと心に響きます。
演技しているのは一般人!? キアロスタミ映画の真骨頂
「キアロスタミ映画あるある」ではありますが、この映画でも俳優ではなく一般人が演技しているというのが驚きです。確かに、この映画はどちらかというとドキュメンタリータッチで描かれているので、演技はあまり必要ないかもしれません。それにしても、登場人物たちの演技があまりにも自然で、「本当に起こっていることを記録しているだけなのかもしれない」という錯覚に陥ります。
1997年第50回カンヌ国際映画祭で、日本の今村昌平監督の『うなぎ』とともにパルム・ドールを受賞した作品でもあります。特別で大がかりな仕掛けもなく脚本もシンプルで、なのに深みがある映画という点は、フランス人がいかにも好みそうな作風かもしれません。
重いテーマでありながら終始飄々と描かれていて、観ていて気が滅入ることは不思議となく、観た後は爽やかな気持ちにさえしてくれます。人生や生きる意味をふと立ち止まって振り返りたいときにぴったりの映画です。
DATA
桜桃の味
監督:アッバス・キアロスタミ
時間:99分