花咲かじいさんから学べるビジネスの成功法則とは?

「花咲かじいさん」という昔話をご存知の人は多いと思います。あらすじを紹介すると……。
 
昔、正直者のおじいさんが犬を飼っていた。その犬が吠えたところを掘ると、大判小判がざくざく出てきました。それを見た隣の性悪じいさんが犬を強引に借り、吠えたところを掘ったところ、出てきたのがらくたばかり。怒った性悪じいさんは、犬を殴り殺してしまいました。
 
悲しんだ正直じいさんが犬を手厚く葬ると、翌朝、その墓から大木が育っていました。正直じいさんはその木で臼と杵を作り、もちをついたら宝物が出てきました。性悪じいさんはその臼と杵を強引に奪ってもちをついたら、出たのは石ころばかり。性悪じいさんはまたしても怒って、臼をたたき割り、燃やしてしまいました。
 
正直じいさんがその灰を持ち帰ると、風に舞って枯れ木に花が咲きました。そこで「枯れ木に花を咲かせましょう」と、通りかかった殿様の前で花を咲かせ、喜んだ殿様からほうびをもらいました。性悪じいさんもほうびをもらおうと灰をまいたが、花が咲かないどころか灰が殿様の目に入り、性悪じいさんは家来に取り押さえられました。
花咲かじいさん

花咲かじいさんから学ぶビジネスの成功法則とは?
 

――という話です。
常識的に読めば、「正直者には良い結果が起き、性悪だと悪い結果になる」という話に帰結してしまうのですが、それは表面的な見方に過ぎません。
 
貧しくなる人は「正直者は報いられるはず」という思い込みがあるため、正直に生きることが尊いと考えます。もちろんそれは間違っていません。

しかし、稼げるポテンシャルがある人は、もっと深く読み取ろうとします。たとえば、「性悪じいさんは正直じいさんと同じことをしているのに、なぜことごとく裏目に出るのか?」といった疑問です。
 

性悪じいさんが見なかった成功の本質

性悪じいさんが考えなかったのは、「ものごとの本質は何か」です。「花咲かじいさん」の物語では、「正直じいさんが何をしたか」ではなく、「周囲は正直じいさんの何を評価しているのか」を想像すること。

性悪じいさんはそこを考えず、表面だけをマネしたわけで、それでは正直じいさんの成功の再現性はもたらされないのです。
 
たとえば飼い犬にさえ思いやりを持って接することは、「情けは人のためならず」という教訓に落とし込めます。まずは先に与える人になろうというわけです。

「墓から木が生えた」と単に状況を傍観する追随者や傍観者で終わるのではなく、加工して道具に変えるという状況判断力があったからだと捉えることができます。

また、殿様からの褒美をもらおうとするのではなく、花を咲かせて喜んでもらおうという貢献の姿勢が重要であるという教訓に落とし込むこともできます。そう考えればこの話は、「正直かどうか」という単純な話ではなくなります。
 

成功をマネするのは、背景の本質を取り込むこと

「行間を読む」という言葉のとおり、ストーリーの奥にある深い意味まで見抜こうとすれば、昔話からでさえ、見えてくるものも変わります。

それは同時に、ビジネス上の成功例や失敗例に出会っても、それをもたらした本当の因果を見出すことにつながるのです。

学ぶとは、表面をざっと見てマネることではなく、背景にある理由や考え方、つまり「本質」を読み取って、自分の判断や行動に取り込んでいくことだと言えます。
 
 (出典)『年収1億の勉強法 年収300万の勉強法』(学研プラス)

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