脚本家・野木亜紀子のドラマに魅かれるのはなぜ?
2018年の1月にスタートした話題の『アンナチュラル』。脚本は『空飛ぶ広報室』『重版出来!』『逃げるは恥だが役に立つ』の野木亜紀子です。彼女が描く作品は何度も観たくなるものばかり、なぜ私たちは野木亜紀子の脚本に魅かれるのでしょう。エンディングの”恋ダンス”と共に2016年大ブームとなった『逃げるは恥だが役に立つ』(画像はAmazonより:http://amzn.asia/3YL8K0h)
何度も観たくなる!野木亜紀子の脚本力
伏線をいくつも仕掛け、ハラハラドキドキの二転三転を見せる手法が得意な脚本家もいれば、名言集ができるほど、登場人物たちからこぼれる言葉を得意とする脚本家もいます。おもしろいドラマは人それぞれですが、野木亜紀子の作品は展開のおもしろさ、テーマの鋭さ、言葉の深さ、すべての要素が際立っています。新人漫画編集者の主人公・黒沢心を中心に、漫画家を支える編集者の仕事を描いた『重版出来!』(画像はAmazonより:http://amzn.asia/3YL8K0h)
描く世界を徹底的に掘り下げ、「観たい」と思わせるチカラと、磨き抜かれた言葉がバランスよく共存する野木亜紀子の作品。その魅力を具体的にひも解いてみましょう。
・描くすべての人物に愛が注がれている
野木作品に登場する人物たちには生命力を感じます。それは、主人公はもちろん主人公を取り巻く人物や、台詞がなくても画面の端にいる人物まで。愛と敬意を持って登場人物が描かれているからだと思います。
たとえば『重版出来!』(2016年/TBS系)では、主人公の黒澤心(黒木華)が所属するコミック誌「バイブス」の編集部メンバーはもちろん、コミック営業部や漫画家とそのアシスタントまで、表情豊かに生き生きと描かれ、画面から躍動感があふれています。
・時代性を意識する ~今、視聴者が観たいものを描く~
脚本にできること、脚本に求められていることを常に確かめながら描く野木亜紀子。今を生きる視聴者が観たいものを描くことがドラマの脚本には不可欠だからです。
たとえば、かつては登場人物の肩書きに魅かれ視聴にいたった時代がありました。ファッションを含め「憧れの存在」を描くことが求められた時代です。しかし今、私たちが観たいのは、肩書きではなく働き方であり生き方。
法医学の未来を確信し、不自然死の存在に風穴をあけようとする法医解剖医の石原さとみ演じる三澄ミコト(『アンナチュラル』)や、大型新人を発掘し重版出来を達成した編集者の黒沢心(『重版出来!』)、本の自由を守るために闘う図書特殊部隊初の女性隊員となった、榮倉奈々演じる笠原郁(『図書館戦争』シリーズ)など。完全無欠ではない彼女たちの生き方は、私たちの胸に響きます。手が届かない憧れよりも、「大きな力ではないけれど、きっと誰かの希望につながるはず」だと懸命に働く彼女たちの姿は実に力強い。そこには、今だから響くメッセージを感じます。
『アンナチュラル』だけじゃない!観ておきたい野木作品
有川浩原作の『空飛ぶ広報室』(2013年/TBS系)でも脚本を担当。航空自衛隊の広報室を舞台に、人生を再生していくテレビ局のディレクター・稲葉リカ(新垣結衣)をのびやかに描いています。
新垣結衣主演で大ヒットした『逃げるは恥だが役に立つ』(2106年/TBS系)のテーマは契約結婚。派遣切りや高齢独身者など、誰もが社会に対して感じているわだかまりや自ら見ないようにしていた課題を絡めながら、明るくアプローチする手腕にも巧さが光りました。
『逃げるは恥だが役に立つ』(画像はAmazonより:http://amzn.asia/3YL8K0h)
男子高校生の純粋な恋心を描いた映画『俺物語!!』(2015年)では、やさしい風景をほのぼのと、謎のウイルスによるパニックホラー映画『アイアムアヒーロー』(2016年)では恐怖の連鎖をありありと描き、原作の世界を豊かに映像化する実力を見せています。
初のオリジナル脚本『アンナチュラル』の魅力
・プロフェッショナルをクールに表現
第1話のテーマは院内感染。たどり着くまでの科学の過程を専門性と説得力を持って描き視聴者を引き込みました。プロフェッショナルの現場を描くための調査や学びは予想以上のハードな作業ですが、その下支えがみごとな臨場感を生んでいます。
プロフェッショナルな仕事を担当するのは33歳のミコトや35歳の臨床検査技師・東海林夕子(市川実日子)ら、ごくふつうの社会人。付箋やスイーツがあふれるデスク、ロッカールームの日常会話など親近感を覚えるリアリティーも魅力的です。
・切なすぎる現実も描き切る
愛する人を失った男性の心情を躊躇なく描いた第5話は、予想外の結末に胸を締め付けられました。人間の哀しみや切なさから逃げることなく、時に深い部分をえぐりだしてしまう脚本には真実があります。
第7話は目を覆いたくなる高校の現実に、ミコトが法医学の立場から、そして人間としての立場から寄り添った名作。誰もが祈るように物語を見守りました。勧善懲悪をお約束とせず、描き切る覚悟が、物語をさらに深いものにしています。
・謎解きへのスピードを巧みにコントロールする
序盤ではプロフェッショナルな現場を紹介、中盤は切ない人間的ドラマで視聴者を引きつけ、終盤に一気に謎解きを加速させる……。連続ドラマではめずらしくない流れですが、野木亜紀子は登場人物たちのエネルギーをうまく抑制しながら、加速のスピードをコントロールしています。過去や無念を語り尽さないことで、ミステリアスな部分に拍車がかかる一方、哀しみや切なさが透明感を増し、美しさすら感じてしまう。視聴者はそこにも魅かれています。
真犯人は誰?というカードを残し、クライマックス直前に揺さぶりをかける構成力、抑制を利かしながら、時折登場人物がエネルギーを放つコントロール力、野木亜紀子の脚本力の集大成とも言えそうです。
俳優のイケメン度や登場人物のファッションに気持ちが上がることもありますが、『アンナチュラル』には、そんな余裕はありません。ただ物語の行く先だけを夢中になって観ていることに気づきます。生と死に向き合いながら駆け抜ける全10話、すべてのエピソードがかけがえのない物語となりそうです。
第8話で「私たちは、私たちの仕事をしよう」と言ったミコトの姿に、脚本家・野木亜紀子の姿を重ねてしまう『アンナチュラル』。いつかまた新しい物語を見せてくれると期待したい作品です。