「のびのび育てる」ってどういうこと?

親はベストな育て方を探しています。

親はベストな育て方を探しています。

オギャアと生まれてから、日々大人へ向かって成長している子どもたち。1歳、2歳を過ぎると性格がはっきりし、できることも増えてきます。親としては徐々に、育て方を意識する頃ではないでしょうか。

私は漠然と子どもをのびのびと育てたいと思っていました。しかし、「のびのび子育て」について、なんとなく外でめいっぱい遊ばせるなどのイメージはありつつも、その正解は分かりませんでした。

子どもがやりたいことをやりたいだけやらせるのがのびのび? やりたくないことはやらなくていいのがのびのび? のびのび子育ての新解釈では、それは「ノー」です。

現代に即したのびのび子育てとは、「できるだけ子どもの興味をさえぎらず、強制させず、好きなことをやらせてあげること」であるのですが、最初に興味を持つ幼児期は親が介入してもいいのではないか、というものです。

子どもは勝手に学ぶのか

自然に学んでくれれば、ラクなのですが。

自然に学んでくれれば、ラクなのですが。

最近年長になった第一子が、ひらがなの読み書き、カタカナの読み書き、計算、英語、前回りなど、保育園でいろいろ勝手に学んでくるなあと感じています。保育園でどんなことをやっているのかと聞いてみると、「絵本の読み聞かせはしているが、特に文字を教えたりはしていない」との回答でした。

そして、振り返れば1~2歳のころ、けっこうな時間、息子の興味に付き合いまくった記憶を思い出しました。初めての子育てで不安だらけゆえの、過剰なコミットとでもいいましょうか。

「赤ちゃんのときに話しかけるのが良い」と聞けばえんえんと話しかけ、「外で遊ぶのが良い」と聞けば一緒に遊び、息子に好きな絵本ができれば、せがまれるまま1日20回くらい読みました。私が英語を勉強していたので、いっしょに子どもや大人向けの英語番組を見て、家でブツブツ一緒に発音練習をしていました。

そのうち図書館で、興味を持ったモノ・コトの本を大量に借りてきて、自分の知らないことは本に書いてあると気づいたようです。3歳になる前に、ひらがなを読みだし、文字と事柄の整合性に楽しみを見いだしたようでした(早期に文字の概念を習得することについては、賛否両論あるようです)。
年長になったら図鑑が愛読書に

年長になったら図鑑が愛読書に  

振り返れば、ニワトリが先か、たまごが先か分かりませんが、何かしら親が子どもの興味のありそうなことをやってみせ、子どもが乗ってきたら、いっしょにやる、という繰り返しをしてきたと思うのです。

果たしてこれは、のびのび子育てなのか?と疑問が湧くところですが、こういうことは、実は各ご家庭でけっこうやってきていると思います。喜ぶ子どもの顔みたさに、お父さんやお母さんは、けっこうな時間と労力を注いでいませんか。(中には「ふつう」のこととして「特に何もしていない」と認識している親御さんもいらっしゃるでしょう)。

ということで、冒頭の「時期がきたら子どもが勝手に学びだすのか?」という問いには、実体験でも今のところ「ノー」です。

私は、親が子に興味のタネを見せたり、興味を広げたりと素地をつくっておけば、違う分野でも何かのきっかけで興味を持ち、勝手に学びだす日が来るかもしれない(個人差あり)と思っています。これは放任ではありません。

そもそも子育てのゴールとは?

考える力が身を助ける

考える力が身を助ける

私は時として手段と目的をはき違えてしまうのですが、子育て中に迷ったときに思い出すことは「子育てのゴールは自立」ということです。つまり、子どもが社会で、一人で生きられる力をつけるのが子育てです。

となると、切っても切れなくなってくるのが教育の問題です。職種が多様化しまくっているいま、これからもっと細分化され(あるいは統合され)、私が想像もつかないような職種が誕生していくかもしれません(もしかしたら職という概念も無くなるかも)。

よって、私たちが受けてきた教育がそのまま通用するとは思えません。だからこそ「自分で考える力」をつけることが必要で、ゆくゆく自分で物事を解決し、生き延びていけるのではないかと思ったのです(この力は今の私にも必要です)。

ではどうすれば良いのか? 知識はインターネットで調べればすぐ手に入ります。問題は、知識をどう使うかです。「知識をどう使うか」を学ぶためには……? これは私にも明確な答えがありませんが、事例を多く知ること、何かに興味を持ち踏み込むこと、自分で考え続けること、というのが一部の解決策だと仮定しています。

どんなことが「伸びる」子の素地づくりになるのか

自分で料理ができることも自立に不可欠

自分で料理ができることも自立に不可欠

では、親の素地づくりとは一体どんなことなのでしょうか。実際の例を出してみます。
  • 絵本が気になる 
    何度も読むことで文字という概念を意識する
    → A.ひらがな、カタカナ、漢字に興味
    → B.英語や韓国語などに興味
  • お月さまが気になる
    A.月の話をする → 図鑑を買って一緒に読む → 惑星に興味をもつ
    B.地球も気になる → 地球の歴史や生物の進化を知る
  • 電車が気になる
    A.電車に乗って旅行 → 日本地図で地名の感覚を養う
    B.プラレールが好きになる → 親が調べて作った立体交差を真似する
  • おままごとが好き
    料理を工作する
    → A.メニューを書くため文字を覚える → 計算する 
    → B.実際に料理を手伝う → 生活力がつく
  • 絵本や歌で動物が気になる
    → 動物園で実物を見たり図鑑を読む → 生息する地域が異なることを知る → 地球・国の概念を知る(「お月さまが気になる」から派生したものと重なる) 
上記の■の部分が息子の「気になる/好き」で、「→」の先へと自然に派生していって自ら取り組み、時にはAやBに分かれて進行していったようです。そのうち、興味のもとが違っても、派生していくにつれ重なる箇所があり(上記でいう地球)、物事が関連付いていくようです。そのことを「楽しい!」と思えているようなので、そう思えているうちは続いていくのだと思います。


子育てに不安があるがゆえに、子どもへいろいろ介入し、現在このようになっていますが、子どもが成長しても自ら学んでくれるかは未知数です。そして、第二子の場合は「何かをした」という記憶がなく、いわゆる放任できてしまい、申し訳ないような気分です。

「子どもになるべく強制せず、自ら学ぶ子になってほしい。」親の理想はいつでも都合がよいものですが、そうなってもらうためにも、私自身が世界を広げ、自分の頭で考え、課題を乗り越えていく姿を見せつづけなければならない、と考えています。



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※乳幼児の発育には個人差があります。記事内容は全ての乳幼児への有効性を保証するものではありません。気になる徴候が見られる場合は、自己判断せず、必ず医療機関に相談してください。