図鑑は本当に子供の教育にとって良い物なのか?
どの悩みにも、その根っこにあるのは「図鑑は子供にとっていいものだ」という思い。「読んでほしい」「読んであげたい」と思うからこそ悩んでしまうのですよね
そんなときにふと浮かんでくるのが、「図鑑は本当に子供の教育に良い物なのか?」「図鑑を使うと本当に頭がよくなるのか?」という切実な疑問。その問いにWONDAアドベンチャー『最強の生物』の編集者であるポプラ社の平尾小径さんに伺ったお話を交えながら、答えていきたいと思います。
調べものに使わない図鑑って何のためにあるの?
図鑑には、大きく分けて「分類図鑑」と「テーマ図鑑」があります。■分類図鑑
分類図鑑とは、いろいろな種類のものが一覧で掲載されているオーソドックスな図鑑のこと。カタログのように「なかま」を集めて並べているため、読み手は比較しやすく、同じところや違うところをしっかりと理解できます(こちらで紹介しているのは分類図鑑です
→ 小学生向け図鑑の選び方!人気4シリーズ徹底比較)。
たとえば、「ポプラディア大図鑑WONDA」シリーズは、分類図鑑。『植物』『動物』『昆虫』などがあります。既刊16巻。(画像はポプラ社HPより)
■テーマ図鑑
テーマ図鑑は、『くらべる図鑑』など近年人気を集めているタイプの図鑑で、一つのテーマに沿って編集されているもの。普段並ぶことのないものが、ある切り口によって集められることで、読者はその新鮮さを味わったり新しい発見を楽しんだりすることができます。
「WONDAアドベンチャー」シリーズはテーマ図鑑。「ポプラディア大図鑑WONDA」の弟分です。『最強の生物』のほか『深海の生物』があります
これに対し、平尾さんは、図鑑に掲載する写真を例にこう説明します。
「分類図鑑は、多くの種を紹介するという性質上、その種の特徴をとらえた分かりやすい写真を選ぶ必要があります。それに比べてテーマ図鑑は、楽しんでもらうために、興味をひく見せ方をしたり、種の個体差を見せたりすることもできます。つまり、テーマ図鑑は、分類図鑑よりも読者を図鑑の世界に引き込む力が強いのです」
もちろん今は、分類図鑑でも、面白く見せるための様々な工夫がなされていますし、その分野が好きな人にとっては、調べるためではなく、読むための本です。でも、一般的に、より読者を驚かせ、好奇心を刺激するのがテーマ図鑑だと言えそうですね。
衝撃を与えたい! 『最強の生物』で見るテーマ図鑑の面白さ
たとえばこちらは、『最強の生物』のアフリカゾウのページ。「けたちがいの大きさで、だれでもけちらす!」と書かれている通り、今にも自分が踏みつぶされてしまいそうです。右上の小さなカットにもご注目を。目の前にアフリカゾウがいるかのようなアングルです
「身体的な体験に近ければ近いほど、強い衝撃を受けるでしょう? 子供たちに、生きものの大きさ・強さ・実在感を伝える、そのための見開きなんです」と平尾さん。
『最強の生物』に掲載されている写真は、生きものたちが絶大なパワーを発揮している、その瞬間を切り取っているものばかりです。
仲間で狩りをするザトウクジラ。穏やかそうなクジラのイメージが覆る写真です
生きものの何が強いのか、「こうげき力」「からだのつくり」「はんしょく力」「せいぞん力」の4つの強さに分けて紹介されていますが、強さの秘密は写真を見れば一目瞭然。凄みすら感じる迫力があります。
このほか、トムソンガゼルを絞め殺すアフリカニシキヘビ、集団で幅10mにもなる巣を作って子育てするシャカイハタオリ、老年期から幼体に戻ることができ「不老不死」と言われるベニクラゲなど、52種が紹介されています。
子供たちが間違いなく納得する、多彩な強さ。子供たちは「1番」を知ることが大好きですが、「最強」にも多くの種類があるということに、また、驚かされます。
どうして驚きや衝撃を重視しているの?
「これは一度見たことがある、これは特別だと思ったものに関するお子さんの知識の定着というのはものすごいですよね。集中して対象物をよく観察するし、周辺知識も記憶していく。だからこそ、衝撃を与えて、感情を揺らしたいんです」と平尾さん。オスとメスが協力して子育てをするブラウンディスカス。卵からかえった子供に、まるでお乳をあげるように、体の表面からにじみ出る液体「ディスカスミルク」を与えます(なんとミルクはオスからも出ます)
子供たちを衝撃で揺さぶり、その驚きを「もっと知りたい!」という好奇心にまで育てる。『最強の生物』には、写真も文章も、子供の心を刺激するために選び、考え抜かれたものだけが配置されているのです。
子供が好きでも、大人は受け付けない― そんなときには?
『最強の生物』には、強い生存力のあるチャバネゴキブリや背中に卵をめりこませて守るコモリガエルなど、苦手な方はゾワゾワする写真も多数掲載されています。すごいのは分かる、子供が好きなのも分かる。でも、やっぱり気持ち悪い― これは『最強の生物』だけでなく、「虫が怖い」「爬虫類が苦手」など、子供が好きでも、大人が生理的に受け付けないときに感じる、共通の難しさです。
平尾さんは、「危険を回避したいというのは、おそらく本能的なものなので、仕方ないですよね。カビが生えたパンは、たとえこれを食べたらおなかを壊すと知らなくても、なんとなく食べたくないでしょう。それと同じことです」とした上で、「でも、そこでお子さんや、お子さんの好きなものを否定せずに、反応をポジティブに受け止めて、興味があるものを与えてほしいと思います」と答えてくれました。
「一緒に見た」という思い出さえ、もっとやってみようと一歩前へ踏み出す力になるのです
親が思う以上に、子供は親の影響を受けるものです。親が苦手だからと取り上げたり、否定したりせずに、好きなものにどっぷりとつからせてあげること。もしできれば、一緒に見たり、声をかけたりしてあげること。
子供にとって、お父さんが喜んでくれた、お母さんが興味をもってくれた、ということは、何よりもうれしく、全ての原動力となります。
子供向けの図鑑と言っても『最強の生物』は、大人でも知らない不思議に満ちています。平尾さん曰く「キャラ化できる底力」のある生きものばかり。目が慣れてくるということもありますから、初めから拒否せずに、一緒に楽しめたらいいですね。
図鑑で頭はよくなるのか? 図鑑を見ている子につい「宿題やったの?」と言ってしまうけれど……
大人にとってはとるに足らない、しかもよく分からない世界に没頭している我が子の姿。ついていけずに不安に感じることもあるかもしれません。ダイオウグソクムシは子供たちを虜にするダンゴムシの仲間ですが、こんなに大きいのです。『深海の生物』で本当の大きさを見ると、皆、大興奮!
つい「宿題やったの?」「そんなことより勉強しなさい」と言ってしまうという保護者の方も多いのですが……。
そうお聞きすると、平尾さんはこう答えてくれました。
「常識を外れるほど何かに熱中できるのは、ほぼ子供のときだけです。もし、その道の研究者になったとしても、大人になれば引いた視点も必要になりますから。1冊の図鑑の後ろには、膨大な知識や歴史の蓄積があります。そのことを肌で感じられるお子さんが、大きくて深い知の世界に浸る喜びを否定しないでほしいのです」
子供は何かに興味を持てば、一人でどんどん吸収し、自分の世界を大きく豊かにしていきます。そして、知ることが面白いと思えた体験は、学びへの興味や意欲につながります。
知識の量、聞く力、思考力、表現力、創造力― 頭の良さにもいろいろありますが、そんなふうに、興味を持ったことを掘り下げるのが勉強だとしたら、何かに夢中になったことのある子供は、きっと勉強が好きになるはずです。
「今は、学会に参加するお子さんもいるんです。何かをより詳しく知りたい一心で、図鑑やインターネットで、誰がその分野を研究しているのかを調べ、その研究者の発信を追っていく。そうして、生の情報を受け止める力や論文を読みこなす力をつけていきます」
『深海の生物』の巻末情報「深海生物に会いに行こう!」では深海の生物に会える水族館やウェブサイトが紹介されています。ここも、子供たちにとっては貴重な情報源なのです
学会はハードルが高いと思われるかもしれませんが、水族館や博物館、図書館、書店など、あちこちでイベントが行われています。本物の生物や専門家のパワーに圧倒されるという体験は子供をぐんと成長させてくれるでしょう。
図鑑で人生が変わる! 「知れば知るほど面白い」は、生きる力になる
平尾さんは、図鑑についてこう語ってくれました。
「興味を持つきっかけになればいいなんてものではない、衝撃を受けて人生を変えてほしいという思いで作っています。それは、研究者になってほしいという意味ではなく、世界は広いということを知ってほしいということです」
ここでご紹介したいのが、『最強の生物』のはじめの方にある「いろいろな環境に生きる」というページです。生きものが紹介されているメインのページに比べ、少し地味かと思いきや、「サバナって広いね、建物が何にもないんだね」「こんな崖に住めるの?」と、目を丸くして見る子が少なくありません。
植物や気候に興味を示すことも多いので、地球儀と一緒に見るのがおすすめです!
ある男の子は、熱帯林の写真に注目し、「ゴリラのおしりって、大きいね。かっこいいおしりだね」と大喜び。もちろん、ゴリラのページを熟読しました。そして、その後、お母さんに「絵本を読んで」とせがむようになったそうです。
同じゴリラでも個体差があるのが分かりますね。「くらべてみよう」では、ボルネオオランウータンやチンパンジーなども紹介されていて、どんどん興味がわいてきます
男の子のお母さんによると、実は男の子は、読み聞かせの間はがまんして座っていたというくらい、図鑑にも絵本にも全く興味がなかったそうです。けれど、1枚のゴリラの写真をきっかけに、図鑑や絵本の楽しさに目覚めて、一気に本好きになったのです。
人・場所・ことば― 大人が今までを振り返ってみれば、何かと出会ったことで自分が大きく変わったということがあるのではないでしょうか。それは、子供も同じこと。1冊の図鑑が、それまで知らなかったより広い世界へと導いてくれることがあるのです。
「世界は広い。それは、私は希望であると思っています。」
実は、子供たちの「もっともっと知りたい!」に応えたいという平尾さんもまた、図鑑作りをきっかけに自然科学の世界に魅了されたお一人です。「子供が生きものに興味を持ったとき、最初にぜひ図鑑を渡してあげてください。子供の中にあるものが育ちます。この世界には知るべきものがある、知れば面白い、という感覚は、必ず子供の人生を助ける力になります」
世界は決して毎日同じではありません。多くの不思議と驚きにあふれたこの世界の美しさを感じる心もまた、「最強」ではないでしょうか? それは間違いなく、学びの大きな土台になるはずです。
WONDAアドベンチャーシリーズ
おすすめテーマ図鑑
「ポプラせかいのえほん」の新刊が出ました!
『アニマルズ』(画像はポプラ社HPより)
動物の豆知識が紹介された自然科学絵本。訳者は、『生物と無生物のあいだ』の著者・生物学者の福岡伸一先生です。
もっと楽しむ科学の本!(大人向け)
■鳥取環境大学の森の人間動物行動学シリーズ(ほか多数)→ 平尾さんのおすすめでもあります!
■大人もおどろく「夏休み子供科学電話相談」
■笑えるサイエンス本として話題の、鳥類学者川上和人先生の本
■科学道100冊
理化学研究所と編集工学研究所が推進しているプロジェクト「科学道100冊」。大人向けと子供向けの本が紹介されています。
→ https://kagakudo100.jp/