『あたしおかあさんだから』は我慢しているママへの「応援歌」?


親子

「好きなことしながら子育てしてま~す」というのは、母親としてダメなのでしょうか?

絵本作家ののぶみさんが作詞し、だいすけおにいさんが歌った『あたしおかあさんだから』という曲が、大きな話題となりました。歌詞を一部引用します。
一人暮らししてたの おかあさんになるまえ
ヒールはいて ネイルして
立派に働けるって 強がってた

今は爪きるわ 子供と遊ぶため
走れる服着るの パートいくから

あたし おかあさんだから
あたし おかあさんだから

眠いまま朝5時に起きるの
あたし おかあさんだから
大好きなおかずあげるの
あたし おかあさんだから
新幹線の名前覚えるの
あたし おかあさんだから
あたしよりあなたの事ばかり

(中略)

あたし おかあさんになれてよかった
だって あなたにあえたから

母親の自己犠牲を賛美しているという批判も、感動して涙したという声もあり、賛否両論を巻き起こしたこの歌は、スピンオフで「#あたしおかあさんだけど」や「#ぼくおとうさんだから」などのハッシュタグを生みました。

作詞したのぶみさんは、2017年10月にFacebookで「あたしおかあさんだからってガマンしてること」をコメントするよう呼びかけており、取材を元に書いた歌詞だと説明しています。また、今回の炎上を受けて「これは、元々ママおつかれさまの応援歌なんだ」とFacebookにコメントしました。(現在は削除済み。参考

男性が歌詞を書き、男性が歌う、我慢しているママへの応援歌。みなさんはどう感じたでしょうか。

のぶみさんが描いた母親のリアル

子どもが生まれると、どうしても子ども中心の生活になります。日々の子どもの成長を目の当たりにする幸せ。子どもの育ちを支えている親としての自負。今の社会のシステムや価値観により、子育てに多く関わっているのは母親でしょうが、多くのママが「プラスマイナスしたら、断然プラス」と思っていることだと思います。

だけど、プラスだけではないのが子育て。キャリアを中断し、社会と切り離された生活を送り、職場復帰してもお迎えの時間に縛られる。子どもは思い通りに育たないし、子育て中の親に対して社会はあまりやさしくない。そんな中で、孤立無援感を抱え、焦りと自己嫌悪に苛まれ、「こんなことなら、子どもなんて生まなきゃよかった」という思いが一瞬頭をよぎったことがあるママは少なくないと思います。

そんな自分を「ダメな母親」だと思い、「あたしおかあさんだから」と自分を奮い立たせ、子どもの寝顔や笑顔を見て「やっぱり生んでよかった。おかあさんになれてよかった」と思う。のぶみさんの歌詞は、そういう母親の葛藤をリアルに描いています。

2017年にワンオペ育児への賛美でないかと炎上したユニチャームのCMも、描いているのはひとりで奮闘するママたちのリアルです。なぜ、ママたちのリアルを描くと炎上するのでしょうか。


描き方がきれいすぎる

様々な我慢を「おかあさんになれてよかった」と、きれいに帳消しにする歌詞に加え、メロディーもだいすけおにいさんの歌声も、きれいでさわやかすぎると感じます。ユニチャームのCMも然り。曲が明るすぎるため「たいした我慢じゃない」ように受け取れます。「我慢しているママたちの現状を、母親はそんなものだと追認している」ようにも感じられます。

もしも、恨み節たっぷりの演歌調だったり、せめてマイナーコードの物悲しい曲だったら、印象は違っていたかもしれません。

「我慢してるね、えらいね」は、ねぎらいではあっても応援ではありません。男性には、子育てを「頑張って」と外から応援されるより、協力してほしいのです。日々の生活でも、子育てしにくい社会を変えていくためにも。


我慢はなるべくしないほうがいい

「あなたを愛しているから、こんなに我慢している」
「母親だから、こんなのは我慢でも何でもない」

果たして、子どもはこう言われてうれしいものでしょうか。背筋がぞわっとした人は、自分の母親との関係に悩んだことがあるのかもしれませんね。これらは、いわゆる「毒母」の定番の台詞です。

多くのママは、心によぎることがあったとしても、口には出していないでしょう。それでも、子どもは親のことをよく見ています。

自分のことを愛してくれている大好きなママが、自分のために何かを我慢していると感じることは、子どもにとってはつらいものです。罪悪感も感じますし、何よりの弊害は「母親になったら、子どものために我慢しなければならない」という価値観を植え付けてしまうことではないでしょうか。

女の子の場合は、母親になることは自分らしさを手放すことだと思ってしまうかもしれません。男の子の場合は、大きくなって自分が父親になっても「子育ては母親(妻)が自己犠牲しながらするものだ」と思うかもしれません。なお、今回炎上した歌も、ユニチャームのCMも、子どもが息子であるニュアンスで描かれているのも興味深いところです。一生「母親の子ども」であり、母親になることのない男性が、母親に「こうであってほしい」という願望を描いたものなのかもしれませんね。


「べき思考」を手放そう

「母親とはこういうもの」「母親はこうあるべき」といった規範意識を「べき思考」と言います。自分や他人を縛る信念で、誰しも持っているものですが、極端になるとしんどくなってしまいます。

私たちはいろいろな「らしさ」に縛られていて、「母親らしさ」というのもそのうちのひとつです。それは、子どもの頃に見ていた自分の母親の姿や、テレビや小説の中の母親像が元になり、ひとつのイメージとして持つようになるものです。そういう点で「あたしおかあさんだから」と明るく我慢するおかあさん像も「母親らしさ」のひとつのモデルになっていく可能性がありますし、今の社会で期待されている母親の役割を歌った歌だと捉えることもできます。

「母親らしくあらねば」と自分を律するとき、奥底にはどんな気持ちがあるのでしょう。子どもの前で弱い自分を見せてはいけないと強がる気持ちでしょうか。周りからの目が気になって不安な気持ちでしょうか。それならば、いっそ手放してみてもいいのではないでしょうか。

その我慢は、子どもがすくすく育っていくために、本当に必要な我慢なのかと、一度自分に問いかけてみましょう。母親である自分だけがしなければならない我慢なのか検討してみましょう。

おかあさんが、生き生きと自分の人生を楽しんでいる姿を見ると、子どもは安心します。大人になるのが、親になるのが、楽しみになるような、そんな姿を見せていきましょう。


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※乳幼児の発育には個人差があります。記事内容は全ての乳幼児への有効性を保証するものではありません。気になる徴候が見られる場合は、自己判断せず、必ず医療機関に相談してください。