2017年の旅館のトレンドは?
2017年の旅行市場の傾向としては、観光立国という旗印に訪日外国人客は順調に増え、国内旅行客数としては伸び悩むものの「ひとり旅」は新しい旅のスタイルとして定着し、シニア層のみならず若者も一定の旅を楽しんでいるようです。2018年へ向けての流れとしては、2017年に成立された民泊新法が来年6月から施行されることにより、様々な社会問題を解決しつつ、旅行者にとっては多様な宿泊スタイルの選択肢が増えることになるでしょう。
今回は一年の締めくくりとして、旧来の旅館スタイルから脱皮し、いち早く環境の変化を捉えながら生まれ変わりを果たした宿、新しい価値提案を始めたプロジェクト、温泉文化を守り続ける地域活動、という観点から、特徴的な活動をみせた宿5つをランキング形式でご紹介します。
1位 次の百年への挑戦:山形県赤湯温泉 山形座 瀧波
2017年8月。宿を愛する人達と地元の期待を背負って生き返った宿があります。山形県南部にある赤湯温泉の「山形座 瀧波」です。瀧波は、大正4年に瀧蔵とお波夫婦が創業してから2017年で101周年を迎える歴史あるお宿。名旅館として数多くの客人を迎えてきましたが、次の100年を迎えるため、建築から内装、料理、サービスまで一新させリノベーションオープンさせました。客室は、全室に露天風呂がついた全19室が3タイプ。蔵をリノベーションした「KURA」が7室、庭と桜をのぞむ「SAKURA」が6室、山形の伝統工芸や家具を配した「YAMAGATA」が6室です。
「KURA」は白壁の土蔵や板蔵を客室にし、「SAKURA」は木造の小学校を移築して使っていた客室をリノベーション。いずれも、梁や柱に歴史の面影を残しながら、ベッドやソファー、水回りには最新の快適さと美しさが追求された設計となっています。
宿がある赤湯温泉は、JR赤湯駅から車で約5分。飲食店やスーパーもある町に宿が点在する温泉町。そんな温泉に湧く開湯920年とされる温泉は一級品。以前の瀧波の客室には風呂がありませんでしたが、今回のリノベーションでは全室に完備。くわえて、温泉をタンクに溜めていた温泉を今回の改装で源泉地から直接に引いた湯を湯船に掛け流すよう見直しました。そのため、ふんわり硫黄の香り漂う新鮮な湯を満喫できるようになったのです。
泉質は、含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉。塩分が含まれいるので寒い冬でも体の芯まで温まります。館内には男女別の大浴場が2か所。どちらにも露天風呂がついていて源泉かけ流しを楽しむことができます。
瀧波の真骨頂は料理。1階のダイニング「1/365」でいただきます。その名の通り、同じ献立の日は1日もなく、生き生きとした躍動感を感じることができる空間です。料理は、当地方である置賜の野菜を中心に展開され、野菜はオーガニックにこだわり、調味料は天然醸造のものだけが使われています。オープンキッチンで披露される料理長の熱量を感じられるのも新しい旅館スタイル。まさに山形劇場と呼べましょう。
赤湯温泉は葡萄の産地でも知られていますので、米どころとしての日本酒はもちろんですがワインの品揃えも豊富です。お二人様でしたらば、カウンターでグラスを傾けながら堪能してもらいたいですね。
朝食は、打って変わって、ほっこりゆったりお母さんの味。炊き立てのツヤヒメに自家製味噌の味噌汁。つきたてのお餅。カウンターから、優しい山形弁でそっと出してくれるのが嬉しいですね。瀧波の宿のスタッフは、ほとんどが山形県人。素朴で人懐っこくて地元の事を話しだしたら止まらない。若い娘さんたちは、山形の踊り「花笠音頭」を客前で披露するため一生懸命に練習しているといいます。
昨今、顧客ニーズの早い変化についていけず、惜しまれつつも消えていく旅館は少なからずありますが、この瀧波は、見事に生まれ変わりを果たし、新たな一歩を踏み出した宿の一つと言えるでしょう。生まれ変わった宿の実力を、是非、確かめに出かけてみてください。
2位 進化するワインリゾート:山梨県北杜市 星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳
ワインは大好き。でも、かた苦しく決めこむのは苦手。そんな、カジュアル&デイリー派のワイン好きの期待に応えるかのように、2017年4月にリニューアルオープンしたのが「星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳」。客室の一部とビュッフェ&グリルレストランの空間デザインの一新と増床を行い、ワインリゾートとして更なる進化をとげながらオープンをさせました。今回、リニューアルされた部屋は172室のうち101室。揺れるワインを思わせる八ヶ岳連峰の壁画が印象的で、コルクをモチーフにしたスツールなど、遊び心にあふれています。
嬉しいのは、「ワインの部屋のみ」が気兼ねなくできること。高い脚がなくてもスワリングができるホテルオリジナルのタンブラーで、「こぼしたらどうしよう」という不安から解消され楽しむことができるのです。
部屋飲みには、「YATSUGATAKE Wine house」の「VINO BOX(1850円~)」がおすすめ。わざわざ重いボトルやスナックを用意する必要もありません。24種類のワインがテイスティングできるからお気に入りの2種類を専用ボトルに詰め、ナッツやチーズと一緒に専用のBOXに入れてテイクアウトできるのです。
もちろん魅力は部屋飲みだけではありません。メインダイニング「OTTO SETTE(オットセッテ)」では、野菜とワインの完全マリアージュ「Vino e Verdura(ヴィノ・エ・ヴェルドゥーラ)」を堪能してください。ソムリエが厳選した9杯のグラスワインと野菜だけでつくられた11皿の完全マリアージュです。
造り手のエピソードを聞きながら時間をかけて味わう一杯。有機JAS認定の「こまち農園」から仕入れる野菜をはじめ、全て野菜だと信じられないぐらいの多彩な調理方法とアイディアに大満足のコースです。
そして極めつけのワイン体験は、葡萄を使ったオリジナルのパックをしてくれるスパ施設「VINO SPA®」。ロビーでのカウンセリングでは、葡萄の葉の温かいお茶を一口。
施術は贅沢にもワインのフットバスから始まり、部屋は芳醇な香りで包まれます。肌に乗せられる「VINOスクラブ・パック」は、ジャムのようで美味しそう。このスクラブ・パックは、ホテルの提携ワイナリーである「ドメーヌ ミエ・イケノ」の醸造過程で生まれる皮や種が配合されたホテルオリジナルのもの。プルプルと心地よく、表面の汚れを取り去りながら滑らかな肌に仕上げてくれます。
2018年3月からはロゼワインをテーマにした「ロマンティックロゼステイ」がスタート。ピンクの野菜とロゼワインのマリアージュを楽しめるディナーや球体の氷をグラスに浮かべ、ロゼワインを堪能する「ロゼムーンのルームサービス」などが用意され、ロマンティックな夜が過ごせること間違いなしでしょう。来年も、私達を驚かせてくれるワインリゾートの進化に期待が高まりますね。
3位 気軽に宿坊体験できる宿:大阪府下寺町 和空 下寺町
「お寺に泊まる」、そんな特別な宿泊体験ができる場所「宿坊」。日本一の宗教都市とされる高野山では、宿坊協会が専用サイトを立ち上げるなど受け入れも進んでいます。情報過多の社会で忙しく生きる私たちにとって、心鎮める社寺に泊まることは内なる欲求なのでしょう。でも、厳しい修行みたいなことは自信ない……。そんな宿坊を身近なものにしてくれる宿が、2017年4月に大阪市天王寺区の下寺町にオープンしました。その名は「和空 下寺町(わくうしたでらまち)」。地域に根差した寺文化と宿泊滞在を融合させた「和空プロジェクト」の第一弾。宿としては、楽天トラベルの2017年「宿泊者が選んだ厳選5つ星」(レジャー・温泉部門)に選ばれた実力派です。
「和空 下寺町」がある下寺町は、大阪城の防備のため寺が多く建てられたという寺町で、上町台地の崖下に位置するため天王寺七坂のうち6つの坂がある坂の町でもあります。
和空が提唱する宿泊スタイルは、お寺の中に泊まるのではなく、「お寺のある町で深い文化体験をしながら、最新の機能を備えた施設に泊まる」という全く新しいスタイル。客室は全26室で、シングル、ダブル、ツイン、いずれのタイプも畳敷きの低層ベッドでバストイレ付き。落ち着いた色調のデザインに仕上がっています。客室内に設置された備品類は通常の旅館と変わりませんので、特別に何か持参する必要はありません。
夕食は、ゆったりとした作務衣に着替えて1階の大広間でいただきます。内容は、もちろん精進料理。嬉しいのは、精進料理の初心者へ向けて、作法の細かい説明書きとともに、食事前にレクチャーしてくれること。
小さいお子様から外国人まで一緒に手を合わせて「いただきます」。朱色の器に盛られた品々に延ばす箸も、口を動かす動作も自然とゆっくりになります。肉・魚類を使用しない野菜中心の料理ですが、色鮮やかで香り良く満足できることでしょう。ビールやお酒も用意されているので心配なく。
夕食の後は、近隣のお寺のお坊さんが直々に指導をしてくれる写経・写仏体験が館内で企画開催されています。「うまく書く必要はありません。ただ、心を無にしてみてください。」と促され始めれば、確かに自然と集中力が高まって無になっていくのが分かります。初心者にも簡単にできる下絵をなぞるタイプ。椅子テーブルですので正座ができない方でも安心です。
日本人なら一度は体験してほしい宿坊滞在。その入口として和空ほど最適な宿はないでしょう。そして、街中にありますからビジネスマンの息抜きに、レジャーで疲れた旅の夜に。心身ともに整える目的で利用してもいいでしょう。
和空プロジェクトの第二弾は、2019年春に、奈良県斑鳩の法隆寺の参道に門前宿「和空 法隆寺」がオープン予定。今後も和空プロジェクトから目が離せません。
4位 外国人旅行者に大うけ:長野県渋温泉 小石屋旅館
なぜかワクワクする。そんな気分を上げさせてくれる旅館が長野県の渋温泉にある「小石屋旅館」です。渋温泉は1300年の歴史を誇る名湯で細い石畳に宿が連なる情緒豊かな温泉場。今では雪降るなか猿が温泉に入る姿「スノーモンキー」で外国人にも人気です。小石屋旅館は、廃業してしまった旅館を「宿の親父になりたかった。」と語る若手オーナーが、旅館の文化を後世に伝えたい、と2015年の夏に再出発させた旅館。外国人客が多いだけに、宿で働くスタッフはフレンドリーで笑顔が素敵。
大きな提灯が下がった玄関をくぐると、浴衣姿に下駄ばきで温泉に出かけようとする外国人の姿が。チェックインカウンターでタオルと浴衣を受け取って部屋に向かいます。
小石屋旅館は、昭和初期に建てられた木造三階建て。職人の手仕事による細かい装飾はフォトジェニックで、階段がきしむ音もノスタルジック。客室は、畳敷きの和室が9室、ダブルベット2台が置かれたツインルームが1室、男性ドミトリールーム、10名まで利用できるグループルーム。
畳敷きの和室は懐かしく、布団は自分で敷きましょう。外国人も試行錯誤しながら布団敷きを楽しんでいるそうです。トイレと洗面台は男女別の共同です。トイレはウオッシュレットですので安心を。館内にはシャンプーとボディソープを備えたシャワールームが2室あります。
渋温泉は、外湯めぐりの温泉場で知られていますが、小石屋旅館の湯めぐりは完全オリジナル。まずは、宿の隣にある「三番湯 綿の湯」の鍵を開けてもらって昔ながらの外湯文化を楽しみましょう。次は、お隣の湯田中温泉にある「よろづや」へ。なんと登録有形文化財の名物風呂「桃山風呂」に入ることができるのです。
木造伽藍建築の中の広々とした内湯と見事な庭園がある露天風呂の湯浴みで優雅なひと時。これら、外湯と名物風呂の両方に入ることができる湯めぐりは、小石屋旅館ならでは楽しみと言えましょう。
さらにスペシャルな温泉がもう一つ。高台から町並みと山々を見渡せる露天風呂「山水閣」。完全に貸し切りにできるのも嬉しいところ。山が赤く染まる夕方と星空が広がる夜がおすすめです。「よろづや」と「山水閣」には送迎車が出ますので、チェックインの時に予約をして。
風呂上りは、宿のバーカウンターで地ビールでもいかがでしょう。オシャレなバーカウンターでは、町内の酒蔵「玉村本店」が製造する「志賀高原ビール」を味わうことができます。夕食は、1階のレストランで各種お酒と一品料理、ピザやパスタなどを取り揃えていますし、温泉街には飲食店もありますので、カランコロンと下駄を鳴らして出掛けてみるのも趣きがありますね。
そして、小石屋旅館はモーニングが格別。3種類ある具材のサンドイッチやフレンチトーストがありますが私のおすすめはサンドイッチ。歯ごたえのあるパン生地には、あふれんばかりの具材が挟んであって満足度は100%。バリスタが入れるコーヒーも香しく、朝起きるのが楽しみになるのです。これほど美味しいサンドイッチが食べられる温泉旅館も他に思い当たらないですね。
とにかく自由に過ごせる旅館。誰に縛られることなく、自ら選び自分だけの楽しみ方ができる旅館。そんな自由が、外国人や若者を惹きつけるのでしょう。ますます増え続ける外国人旅行客ですが、この楽しさを日本人が知らないのはもったいない。ぜひ訪ねてみてください。
5位 1300年湧く温泉の実力:福島県奥会津 西山温泉
今年で1300年を迎えた温泉があります。それは雪深い福島県西会津にある西山温泉。温泉は滝谷川という川沿いに湧き、現在、利用できる温泉は全部で6カ所。それぞに異なる泉質を湯めぐりできるのが魅力です。かつては、8カ所の源泉があったといいますが、そのうち2カ所は閉鎖され、滝の湯旅館、旅館中の湯、旅館新湯、老沢温泉の4つが旅館として営業し、下の湯、せいざん荘は、日帰りのみの営業です。
今年より1300年前の717年。古文書に記されている一番古い源泉は「神の湯」と「下の湯」の2つ。木製の吊り橋を渡った先にある一軒家で、秘湯感がたっぷり。湯船は二つありますが、脱衣場から混浴という少々難易度が高め。湯の花がうっすらと浮いて、温泉のいい香りが鼻をくすぐる良泉ですので、ぜひ挑戦してみてください。
泉質は、含硫黄-ナトリム塩化物泉。昔から「美肌の湯」と呼ばれ皮膚炎に効能があると言われています。そして、立ち寄る時には電話をしてからにしてくださいね。おばちゃん1人で切り盛りしているので、お出かけしてしまうこともあるんです。
もう一つ外せない源泉が「老沢温泉旅館」。浴室に温泉神社があるという、なんとも有難くなる温泉ファン垂涎の温泉なのです。ご神体は源泉の近くにあった石と鏡。湯治客を魅了しているのも頷けます。こちらも脱衣場から混浴です。湯船は三つあり、少しずつ温度が違うので交互に入ってみるのもいいでしょう。
泉質は、含硫黄-ナトリム塩化物泉(硫化水素型)。昔から「たん切りの湯」と呼ばれ喘息に効能があると言われています。
各旅館では、山の宿らしい素朴ですが心あたたまる料理を出してくれます。奇をてらわない川魚の塩焼きや山菜の煮物など。温泉で癒された体には、胃腸に負担がない料理が一番です。
「滝の湯旅館」は、荒湯源泉と滝の湯源泉の二種類を楽しめる旅館で、目の前の対岸の滝を眺めながら入る混浴の露天風呂は最高です。また、肌がスベスベになるという滝の湯源泉を使用したオリジナルの温泉化粧品も販売中。1300年湧く湯の実力をお家でも試してみましょう。西山温泉がある柳津町には、会津の玩具「赤べこ」の由来である赤牛伝説の圓蔵寺がある町。一緒に訪ねてみるのもおすすめです。
温泉は太古の時代から湧き続けていますが、入浴するための環境を整えるのは人の仕事。かつて、旅館を営んでいた源泉は日帰り温泉だけになったり、源泉もなくなり跡地だけになってしまっているところも全国にはあります。1人でも多くの人が温泉旅館に足を運ぶことで保たれていきますから、ぜひ訪ねてもらいたい秘湯の一つです。