名所ロケと入れ替わりに浮上した、秘境バラエティー
その昔、日本のバラエティーにとって、海外ロケは取って置きのご馳走みたいなものでした。出演者、スタッフも喜び、もちろん視聴者も喜びました。それが時代とともに誰もが気軽に海外旅行に行けるようになって、普通に美しい景色が見られるだけでは視聴者の興味を維持することが難しくなってきました。それもあってか、海外の名所や絶景を巡る番組は減少傾向にある中、最近の主流は「秘境探検」のようです。もちろん世界の秘境を訪ねる番組は、「すばらしい世界旅行」などのドキュメンタリーを中心に、昔から作り続けられています。そこにバラエティー要素を盛り込んで、誰もが楽しめるように演出したものが「世界の果てまでイッテQ!」(日テレ系)でしょう。
秘境バラエティーの火付け役「世界の果てまでイッテQ!」(日テレ系)
「どこへ行くか」ではなく、「誰が行くか」
その成功を見て、各局も海外ロケバラエティーで秘境探索に乗り出してきました。しかし、これまでの紀行番組の手法で訪ねる場所を秘境に変えただけでは、視聴者の関心をそれほど集められないことに、制作サイドも気づき始めます。秘境バラエティーを作るなら、そこへ行く人にこそスポットを当てるべき。肝心なのは「どこへ行くか」ではなく「誰が行くか」でした。世界の果てにまでロケした映像は確かに魅力的ですが、ありきたりの取材であれば、テーマやメッセージを持ったドキュメンタリー以下の作品にしかなりません。宮川大輔、いもとあやこ、最近ではみやぞんなどキャラの立ったリポーターたちによる一生懸命の活躍があってこそ、家族そろって楽しめる映像か生まれるということは「世界の果てまでイッテQ!」ファンなら当然ご承知でしょう。
彼らに共通するのは、スタッフから与えられた過酷なミッションに文句を付けながらも、全身全霊を掛けて取り組み、何だったらそのキツさを楽しんでいるんじゃないかと思わせるほどのポジティプさです。ひところはリポーターが拉致まがいのやり方で現地に送り込まれるロケが流行しましたが、仕方なくアクションを起こしたり、コンビでけんかする場面が受けていたのは、一時的なものだったのかもしれません。
新しい波をつくる、キャラの濃い無名リポーター陣
ここからさらに進化(深化?)していった番組が、松本人志がマニアックな旅人から奇妙な取材記録を訊き出す「クレイジージャーニー」(TBS系)です。業種も旅の目的も全く違う旅人達に共通しているのは、自ら進んで困難な旅に出向いていること。だからこそ、VTRの中に映る彼らは生き生きと輝いて見えます。旅自体が興味深いものであれば、リポーターの知名度なんて特に必要ないということを再認識できました。ここが秘境ものの極北かと思ってたら、想像の斜め上を行く番組が始まってしまいました。今年春に深夜枠でスタートし、秋には早々とプライムタイムに昇格した「陸海空 地球征服するなんて」(テレ朝系 土曜21:58~22:59)です。
「地球一周の大冒険!ガチンコ取材のリアル冒険バラエティー」という番組キャッチフレーズが示すように、世界各地のきびしいミッションにリポーターが体当たりで取り組んでいきます。
数あるミッションの中でも話題になっているのが、ジャングルに潜入して原始的な部族と交流をはかる「部族アース」。もともとはU字工事のコンビがリポーターとして奮闘する予定だったものの、ナスDという謎のキャラが横から登場し、あっと言う間に見せ場をさらったのでした。
話題の「ナスD」って一体何者?
いまや検索ワードランキングでも上位を占めるナスDですが、ご存じない方のため簡単に紹介すると……。本名、友寄隆英。れっきとしたテレビ朝日社員で、この番組のゼネラルプロデューサーでもあります。にもかかわらず、アマゾンの濁った水を平気で飲んだり、何気なく顔に塗った染料が取れなくなったりと、破天荒な行動が予想外の反響を呼んでしまいました。その結果、U字工事を脇に押しやる勢いでコーナーを占拠、人気を独り占め状態に。もともとは、あくまでU字工事をサポートするBチームの一員だった友寄ディレクターですが。ナマズの卵を丸のみしたり、釣ったばかりの魚を頭から丸ごとかじったり(基本的にアマゾンの部族は生ものを食べたりしません)、見たこともない虫に刺されたりと、常に主役を食う活躍を見せていたのですが……。
運命を変えた染料「ウィト」
そんな彼がナスDと呼ばれることになった記念すべき回が、2017年5月2日のオンエアです。ウィトという染料を美容に効くからとそそのかされ顔中に塗りたくったら、たちまち真っ黒に! 実はタトゥーなどに使う強力なもので、その後、石鹸を付けてゴシゴシ洗っても一向に取れる気配もなく、一時はこのままで生きていくと決心していた程でした。幸いなことに2017年10月14日のオンエアでは、漂白剤を使って無事色落ちしましたが。ムチャばかりやっては視聴者をヒヤヒヤさせるナスDでしたが、意外なカッコ良さを発揮したのが、2017年8月1日のオンエアでした。TV取材を受け入れるかどうかで大もめしていた部族に向けて、持参したギターをつま弾き現地の言葉を交えながら「上を向いて歩こう」を歌ったのです。たちまち部族のみなさんはその歌声に聴きほれ、それもあってか取材はOKに。さらに部族との深い交流が実現したのでした。
タレントに勝るトークスキルも人気の理由
さらにナスDが凄いのは、タレント以上に喋りが達者だということ。目的地への移動中の呟きだけで数分間持たせるというのは、プロでも至難の技でしょう(この呟きを絶妙に編集したのもナスD本人というウワサもあります)。先ほど紹介した「クレイジージャーニー」にも共通していることですが、秘境という非日常の空間でとてつもない好奇心を爆発させるリポーターの個性こそが、視聴者の興味を引き付けた最大の要因ではないでしょうか。
2017年10月14日の放送で、漂白剤を顔に塗られたナスDは見事に色落ちしてしまい、元ナスDと名称変更されましたが、番組のポテンシャルは以前と全く変わりませんでした。せっかく馴染んだ「ナスD」の名前が消えてしまうのは残念ですが、秘境が放つパワーを誰よりもストレートに伝えてくれる人だけに、これからも衝撃映像を笑いに包んで、日本全国に届けてくれることでしょう。