遺伝子検査でわかること・わからないこと
簡単に遺伝子検査ができるようになりました
数万円と高額な検査ではあるものの、やってみたいと思う人も多いのではないでしょうか? しかし、遺伝子検査はよくよく内容を理解しておかないと、のちのち後悔することもあります。医師から見て、ぜひ知っておいてほしい遺伝子検査の注意点を解説したいと思います。
遺伝子検査は「ビッグデータ」を用いた遺伝子革命?
姿形や体質など、個人の特徴を決める遺伝子は人間同士ではどれくらい違うか知っていますか? 実は人間同士では99.9%の遺伝子は同じ。個々人の違いは、僅か0.1%しかありません。遺伝子検査とは、この僅かな違いを調べることで今後起こりやすい病気を予測して予防に役立てようというものです。遺伝子の「ビッグデータ」を用いた壮大な試みがなされているともいえます。
見る部分はごくわずか? 現状の遺伝子検査でわかる情報量
遺伝子の情報量は莫大です
コロンビア大学の臨床精神医学の教授であるロバート・クリッツマン博士は、現状の遺伝子検査についてこう話しています。「一冊の本を読もうとするとき、各ページの1文字だけを読んでいるようなものだ。DNA全体の99.9%を見ずに結果をだそうとしていることであり、得られる情報はおのずと限られている」。
現状の検査では、検査によって結果にバラつきが出ることも少なくないようです。同じ人が数社に検査を依頼したところ、結果が異なることが多かったということも報告されています。
ちなみに、事業者による個人向け遺伝子検査では、アンジェリーナ・ジョリーさんが受けたような、診断や治療方針に影響が出るような遺伝性疾患は調べることはできません。病気や体質などの相対的なリスクに限られています。
忘れてはいけない遺伝子以外の要因
病気の発症を決めるのは遺伝子だけでありません。外部要因も関係します。太りやすい体質でなくても、食べ過ぎや運動不足などの不摂生な生活を行えば肥満や糖尿病になります。タバコを吸うと肺がん他いろいろな病気のリスクがありますし、C型肝炎ウイルスは肝がん、ピロリ菌感染は胃がんのリスクが増加します。病気の発症には遺伝子だけではなく、外部要因も大きく関係するのです。
リスク解決で、またリスク? 遺伝子検査で起こる悩ましい出来事
悩ましい出来事も起こり得ます
例えば、卵巣がんになる可能性が4倍高いという結果が出たとします。妊娠の希望や年齢にもよりますが、ハイリスクである卵巣がんを予防するため、発症前にできれば卵巣を摘出したいと考える人も出てくるかもしれません。もしこれを実行すると、卵巣摘出により女性ホルモンが不足するので、女性ホルモンを補充する必要性が出てきます。そうなると女性ホルモンを補充することによる乳がんリスクが増加し、新たなリスクに悩むことになってしまうのです。
そもそも卵巣がんの「生涯がん死亡リスク」は2013年で0.5%ですので、4倍でも僅か2%。確率的には他の病気で死亡する可能性の方が高いと考えられます。それでも予防的に切除すべきかは判断が分かれるところでしょうが、「リスク4倍」という結果をいざ数字で突きつけられたとき、個人が心理的に受けるインパクトは大きなものになるのではないかと思います。
結局、「知らない方が良かった」ということもあるのが事実
同様に、アルツハイマー病になる可能性が通常よりかなり高いという結果が出たとします。しかし、アルツハイマー病のメカニズムは不明な点も多く、現在のところ予防する手立てはありません。若い時期から、起こるかわからない病気のストレスを抱えて生きねばならないかもしれません。結局、「知らない方が良かった」ということが起こりうるのです。その他の疾患でも、不安に駆られて過剰に検査を受け始める人もでてくるでしょう。しかしその結果、前立腺腫瘍や甲状腺腫瘍などのおとなしい腫瘍が、悪性と過剰診断されることが増えているという弊害も実際に問題視されてきています。
遺伝子検査にはメリットもデメリットも存在します。「知る権利」と共に「知らない権利」というものもあるのです。遺伝子検査はよくよく考えて受けるようにした方がよいでしょう。