奈良のおすすめ観光エリア5選

「奈良にはじめて行くので、おすすめの観光名所を教えて欲しい」、「修学旅行で奈良に行くけど、どこを見ればいいの?」というような、奈良初心者向けに、おすすめ観光エリア5選をご案内します。
奈良公園の鹿たち

奈良公園の鹿たち


紹介するのは、以下の5エリアです。
・奈良観光の中心エリアである「奈良公園周辺
・町家が建ち並ぶ人気エリア「ならまち
・薬師寺のある「西の京
・法隆寺のある「斑鳩町
・古代史ロマンの里「明日香村

奈良観光で最初に歩きたい「奈良公園」周辺

奈良観光で、最初に歩きたいのは、「奈良公園」周辺エリア。

大仏様のいらっしゃる東大寺や、"天平の美少年"と呼ばれる阿修羅(あしゅら)像をはじめ数々の国宝を所有する興福寺、そして奈良を代表する神社である春日大社などがある、奈良観光の中心エリアです。
東大寺南大門と鹿たち

東大寺南大門と鹿たち


奈良公園といえば、たくさんの鹿が放し飼いにされています。その理由をご存じでしょうか?

今からおよそ1300年前、奈良に都(平城京)ができた頃、藤原氏が春日大社を創建するにあたり、常陸国の鹿島の神(現在の茨城県の鹿島神宮)をお招きしました。

その時、タケミカヅチという名前の神様が白鹿に乗ってきたことから、鹿は「神の使い」として、以後大切にされてきたのです。鹿は奈良公園のみならず、奈良のシンボル・若草山にもおり、ずいぶん広い範囲に生息しています。

以下に、奈良公園周辺エリアの観光情報をまとめます。

■「奈良公園」周辺の写真撮影おすすめスポット

【猿沢池】
猿沢池と興福寺五重塔

猿沢池と興福寺五重塔


猿沢池のほとりは、興福寺五重塔がバッチリ写る撮影スポットです。夜のライトアップの時間を狙うのもおすすめ。

【浮見堂】
浮見堂とサルスベリ

浮見堂とサルスベリ


奈良公園の南にある鷺池(蓬莱池)には、八角堂の「浮見堂」が浮かび、とても風流。池の周囲では桜やサルスベリ、紅葉が楽しめます。

■「奈良公園」周辺の、おすすめの祭り・催しなど

若草山焼き(若草山/1月第4土曜日)
修二会(東大寺/3月1日より2週間) 「お水取り」は3月12日深夜(13日の午前1時半頃)
ライトアッププロムナード・なら(奈良公園・平城宮跡・薬師寺/7月中旬~9月下旬)
采女祭(采女神社/「中秋の名月」の日)
正倉院展(奈良国立博物館/10月下旬~11月上旬)

■交通・アクセス

奈良観光でやや不便に感じるのが、JR奈良駅と近鉄奈良駅が1kmほど離れていること。奈良公園までは、JR奈良駅からは少し距離がありますが、近鉄奈良駅からは歩いてすぐ。

なお、奈良公園周辺の観光に便利なバスがあります。普通の路線バスとは別に、1回の乗車料金が100円で、JR奈良駅、近鉄奈良駅、奈良公園内の主なスポット、平城宮跡を循環する「ぐるっとバス」が運行されています。一日乗車券が大人(中学生以上)500円で販売されているのもうれしいですね。

「ぐるっとバス」は通常は土日祝のみ運行、観光シーズンやイベント開催期間は毎日運行しています。

奈良ぐるっとバス

伝統と洗練が調和 町家が並ぶ人気エリア「ならまち」

ここで、ちょっとだけ歴史の話をします。

ご存じの通り、現在の日本の首都は東京ですが、それ以前は西暦794年から明治初年まで、じつに1000年以上にわたって京都に都が置かれていました(平安京)。

京都の前に都が置かれていたのが奈良で「平城京」といいました。この平城京には、現在も奈良にある東大寺や興福寺と並ぶ元興寺(がんごうじ)という大寺院がありました。
【元興寺極楽坊】かつては大寺院だった元興寺も、わずかに遺構が残るのみ。元興寺極楽坊は、元興寺の僧坊のひとつだった

【元興寺極楽坊】かつては大寺院だった元興寺も、わずかに遺構が残るのみ。元興寺極楽坊は、元興寺の僧坊のひとつだった


ところが、元興寺は都が平安京に遷った後、次第に衰退し、「極楽坊」など一部の建物が残るのみとなってしまいます。

そして、現在「ならまち(奈良町)」と呼ばれる、奈良公園の南側一帯の町家が建ち並ぶ人気エリアこそが、昔、元興寺の境内だった場所。

そのため、ならまちエリアには、今も随所に元興寺の建物に由来する地名が残り、また、後世につくられた道は、お堂を避けるようにして、不思議な曲がり方をしています。
「ならまち」の町家

「ならまち」の町家


ならまちには、町家を改装したレストラン、カフェ、ゲストハウスなどのほか、町家の中を見学できる「ならまち格子の家」、「奈良町にぎわいの家」などもあるので、ぜひ見学を!

ちなみに、この界隈を歩いていると民家の軒先に吊されている赤いぬいぐるみのようなものを目にしますが、これは「身代わり猿」といい、"魔除け"や災いを"身代わり"で受けてくれるお守りです。
「身代わり猿」は庚申信仰に基づくもので、その中心になっている庚申堂という小さなお堂

「身代わり猿」は庚申信仰に基づくもので、その中心になっている庚申堂という小さなお堂


ならまちを訪れたなら、まずは観光案内所である「奈良町情報館」へ立ち寄り、お店や観光に関する情報を収集されるのをおすすめします。

<DATA>
■奈良町情報館
住所:奈良市中院町21
TEL:0742-26-8610
営業時間:10:00~18:00 無休(年数回の臨時休業あり)
アクセス・地図 → ならまち情報サイト

奈良観光で外せない!薬師寺のある「西の京」

奈良観光で外せないのが薬師寺。薬師寺と、唐招提寺(とうしょうだいじ)というお寺があるエリアを「西の京」といいます。

西の京へは、近鉄奈良駅から近鉄奈良線で2駅の「大和西大寺」駅で近鉄橿原(かしはら)線に乗り換え、さらに2駅目の「西の京」駅で下車します。
平成32年までの予定で解体修理中の薬師寺東塔。写真は工事に入る直前に撮影

平成32年までの予定で解体修理中の薬師寺東塔。写真は工事に入る直前に撮影


薬師寺の見所といえば、およそ1300年前の薬師寺創建当時から残る東塔でしょう。東塔は三重塔ですが、裳階(もこし)という飾りが付いているために、一見すると六重塔に見えます。

この塔の美しさを明治時代に日本にやってきたお雇い外国人で、アメリカの東洋美術史家であるアーネスト・フェノロサ(1853~1908)は、「凍れる音楽」と評しました。

屋根と裳階がつくり出す躍動的かつ絶妙にバランスの取れた外観は、あたかも音楽の旋律のようであり、かつ1300年の悠久の時を経て色彩が褪(あ)せた様が、その場に凍り付いたように見え、なるほどなと思います。
薬師寺の南西に広がる大池の反対岸からは、金堂・西塔・東塔が建ち並ぶ姿をきれいに撮影できる(2007年9月撮影)

薬師寺の南西に広がる大池の反対岸からは、金堂・西塔・東塔が建ち並ぶ姿をきれいに撮影できる(2007年9月撮影)


これに対して、薬師寺のもう一つの塔、西塔は昭和56年に再建されたもの。

長い年月の風雪に耐えた東塔と、再建されたばかりで煌(きら)びやかに彩色された西塔。印象的な対をなす2つの塔ですが、恐らく数百年の後には、西塔も鮮やかだった色彩が退色し、現在の東塔のように古色ゆかしくなっているのかもしれません。

ちなみに、東塔は平成21(2009)年より平成32(2020)年6月頃までの予定で解体修理中。残念ながら、現在その姿を見ることはできません。

そして、薬師寺では仏像も必見です。特に金堂の本尊である薬師三尊像は、明治時代の美術史家の岡倉天心(1863~1913)が「薬師寺の薬師三尊像をまだ見てない人は幸せだ。はじめて見た時の感動をこれから味わうことが出来るのだから」と語ったほどの美しさです。

<DATA>
■薬師寺
住所:奈良市西ノ京町457
アクセス:近鉄橿原線「西ノ京」駅下車すぐ
地図 → 薬師寺ホームページ

聖徳太子が住まわれた「斑鳩」

法隆寺」のある斑鳩(いかるが)町も、奈良を訪れたなら必ず行ってみたい場所。斑鳩へは、奈良からJR関西本線で11分ほど。

聖徳太子(574~622)は、この斑鳩に宮を築いて、当時の都・飛鳥(現在の奈良県明日香村)から引越し、その後半生をこの地で過ごしました。

斑鳩から飛鳥までは距離にして20kmほどあり、通うとなると、かなり遠距離通勤。なぜこのような場所に引っ越したのかについては、縁戚関係にある当時の権力者・蘇我馬子(そがのうまこ 生年不詳~626年没)と不仲になったなど、様々な説があります。
聖徳太子と推古天皇によって建立された法隆寺

聖徳太子と推古天皇によって建立された法隆寺


さて、斑鳩観光の中心である法隆寺は、推古15(607)年に聖徳太子と推古天皇により創建されました。現在の伽藍は、一度火災に遭った後に再建されたもののようですが、いずれにせよ世界最古の木造建築群です。

法隆寺の伽藍は大きく「西院伽藍(金堂、五重塔など)」と、夢殿(ゆめどの)と呼ばれる「東院伽藍」に分かれています。
法隆寺西院伽藍は、周囲を回廊に囲まれ、調和のとれた小宇宙を形成しているようだ

法隆寺西院伽藍は、周囲を回廊に囲まれ、調和のとれた小宇宙を形成しているようだ


周囲を回廊で囲まれた中に、金堂と五重塔が仲良く並べられ、小宇宙を形成するような西院伽藍は、東大寺など後の時代の巨大寺院と比較すると、寺院建築の原点を見るような感じがします。

まずは、金堂内部に安置されている鞍作鳥(くらつくりのとり 生没年不詳)作の「釈迦三尊像」を拝観。

この飛鳥仏の純粋さ、素朴さには素直に心を打たれます。白鳳文化(670年頃~710年)を代表する薬師寺の薬師三尊像の生身の人間のような美しさと比較してみると、とても面白いと思います。
回廊の柱はギリシャ建築の「エンタシス」の様式の影響を受けているともいわれ、柱の中程が太く上部にかけ徐々に細くなっている

回廊の柱はギリシャ建築の「エンタシス」の様式の影響を受けているともいわれ、柱の中程が太く上部にかけ徐々に細くなっている


続いて、境内中央の「百済観音堂」に移動し、国宝中の国宝ともいうべき「百済観音像」を拝観します。

この百済観音像の来歴は謎に包まれており、また、その柔和な表情と、日本人離れしたスラッとした体型などが、見れば見るほど不思議な印象を見る者に与えます。
【東院伽藍(夢殿)】私はこの堂に籠(こ)もって瞑想する聖徳太子の姿を思い描いていたが、実際には太子の死後100年以上が経過した天平11(739)年、太子の冥福を祈るために斑鳩宮跡に建立された

【東院伽藍(夢殿)】私はこの堂に籠(こ)もって瞑想する聖徳太子の姿を思い描いていたが、実際には太子の死後100年以上が経過した天平11(739)年、太子の冥福を祈るために斑鳩宮跡に建立された


次は、東院伽藍(夢殿)に移動します。夢殿には聖徳太子の等身像といわれる「救世観音(ぐぜかんのん)」が安置されており、薄暗い夢殿の内部にややふっくらしたお顔を見ることができます。

目を凝らしても仏様の全体がよく見えるわけではないのですが、本来、仏像の姿というのは、ある程度自分自身のイマジネーションで補って見ればよいものなのかも知れません。

そして、もう一体この斑鳩でぜひ見ておきたい仏像があります。法隆寺のお隣、「中宮寺」のご本尊、「弥勒菩薩像(寺伝では如意輪観音像)」です。
中宮寺本堂

中宮寺本堂


中宮寺は聖徳太子の母親、穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇女の御所を改めたという尼寺で、境内は尼寺らしい、優しげな雰囲気に包まれています。

本堂に上がらせて頂くと、奥にご本尊が見えます。この像が取っているポーズ、半跏思惟(はんかしゆい)というのですが、京都太秦(うずまさ)の広隆寺の弥勒菩薩と非常によく似ていますね。「一番好きな仏像は?」と問われれば、どちらを挙げようかと迷うくらい、二体とも優美で大好きな仏像です。

<DATA>
■法隆寺
住所:奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1
アクセス:JR法隆寺駅より、徒歩20分、またはバス「法隆寺門前」行き、法隆寺門前下車
地図 → 斑鳩町観光協会
ホームページ → 法隆寺ホームページ
※救世観音は、普段は非公開で、春、秋のそれぞれ1ヶ月のみ夢殿の扉が開けられ公開されます。

古代史ロマンの「明日香村」

明日香村」は、今でこそ長閑(のどか)な田園風景が広がる山里ですが、西暦694年に藤原京(奈良県橿原市・桜井市・明日香村にまたがる)に遷都されるまで、この地が日本の首都でした。
【亀石】明日香村といえば、古代の「石造物めぐり」が楽しい。「亀石」は古代石造物の一つ

【亀石】明日香村といえば、古代の「石造物めぐり」が楽しい。「亀石」は古代石造物の一つ


明日香に初めて来たときに思ったのが、村の名前は「明日香」と書くのに、なぜ、飛鳥寺、飛鳥時代などは異なる漢字が当てられているのだろうということ。

これは、『万葉集』に「飛ぶ鳥の明日香」という言葉が出てきますが、「飛鳥」は元々、鳥が飛んでいる平和で豊かな土地という意味の枕詞で、それがいつの間にか地名表記にも使用されるようになったようです。
雪に包まれた飛鳥寺。この飛鳥寺が平城遷都に伴い奈良に移転したのが、上述の元興寺である

雪に包まれた飛鳥寺。この飛鳥寺が平城遷都に伴い奈良に移転したのが、上述の元興寺である


さて、まずは我が国初の本格的な寺院として建立された「飛鳥寺(創建当時は法興寺)」へ行ってみましょう。こちらには飛鳥大仏(正式名称は「銅造釈迦如来坐像」)とよばれる我が国最古の仏像が安置されています。大仏といっても高さ2m70cmほどで、奈良大仏や鎌倉大仏のような巨大仏ではありません。
飛鳥大仏は、法隆寺の釈迦三尊像と同じ鞍作鳥の作ということで、全体的に共通する部分が多い。ただし、鎌倉時代に落雷で半壊するなど、後世の補修による部分が多く、当初から残るのは目と額、右手指3本のみ

飛鳥大仏は、法隆寺の釈迦三尊像と同じ鞍作鳥の作ということで、全体的に共通する部分が多い。ただし、鎌倉時代に落雷で半壊するなど、後世の補修による部分が多く、当初から残るのは目と額、右手指3本のみ


飛鳥寺を出て、次は「甘樫丘(あまかしのおか)」へ登ってみましょう。かつて蘇我氏の邸宅は飛鳥・大和を一望の下に見渡すことが出来るこの丘にあったとされます。
甘樫丘から見る飛鳥の眺め

甘樫丘から見る飛鳥の眺め


標高わずか148mですが、山頂から東側を見ると飛鳥の地を見渡すことができ、北側は大和三山のうち耳成山(みみなしやま)と天香久山(あまのかぐやま)、西側には畝傍山(うねびやま)が見えます。また、その奥には大阪との境に立つ葛城山や二上山の雄岳と雌岳も見ることができます。

甘樫丘から見る飛鳥の眺めは非常に感慨深かいものがあります。日本という国は山に囲まれた、このほんの狭い土地から興ったのかと。
明日香のシンボル「石舞台古墳」

明日香のシンボル「石舞台古墳」


そして、明日香村観光で外せないのが、「石舞台古墳」。有名なこの遺跡は蘇我馬子の墓ともいわれます。もともとは土がかぶされていたのが、大化の改新(乙巳の変 西暦745年)で蘇我氏が滅んだ後、蘇我氏への懲罰としてはがされ、現在の姿になったのではないかとの説があります。

<DATA>
■飛鳥寺
住所:奈良県高市郡明日香村大字飛鳥682
アクセス:近鉄「橿原神宮前」駅東口または「飛鳥」駅より明日香周遊バス「飛鳥大仏前」下車、徒歩1分
ホームページ → 奈良県庁観光プロモーション課

石舞台古墳
住所:奈良県高市郡明日香村島庄254番地
アクセス:近鉄「橿原神宮前」駅東口または「飛鳥」駅より奈良交通明日香周遊バス乗車「石舞台」下車、徒歩3分
ホームページ → 石舞台古墳(あすかであそぼ)

地図 → 明日香村観光マップ(pdf)
明日香周遊バス

奈良へのアクセス

京都から奈良へは、JR線と近鉄線があります。
・JR奈良線「みやこ路快速」:約44分/710円
・近鉄(急行):約50分/620円(大和西大寺駅で乗り換え)
・近鉄(特急):約35分/1130円(普通料金620円・特急料金510円)

【関連記事】
古代史の里・飛鳥をレンタサイクルで一周!
【奈良】柿の葉ずしと、ならまちの町家の風情を楽しむ
奈良に行ったら絶対に拝観したい仏像ベスト10


※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。